真如の月 [CONTENTS TOP] [] [1] [2] [3]

真如の月 / 貴方を、犯人です。

 

 
 
「お兄ちゃん、じゃあねー!」
「うん、それじゃ。車には気をつけろよ。変な人にはついていくなよ。先生には逆らうなよ」
「また子供扱いしてーっ。私だって、もう十二歳だよ?」
「はいはい、リュックサックが似合ってますね」
「お、お兄ちゃんだって竹刀背負ってるじゃない」
「知らないなら優しく教えてあげるけど、竹刀とリュックサックは少し違うんだ。一つ賢くなったねよかったねおめでとう」
「もぉーっ。お兄ちゃんのいじわるー!」
 とてとて。一通り会話をすると、そのまま僕の妹、望月朝美は十字路を曲がっていった。
 うむ。我が妹ながら可愛い。
「シスコンめぇ…」
 うお。
 振り返ると、そこにはさっき別れたばかりの十が立っていた。何故か手に30cmくらいの、骨付き肉をもっているのが微妙にホラーだ。
「や、やあ。元気そうでなにより。その手にもっているのは、あれだな?うほっ、とした人達の武器だな?」
「さっき別れたばかりだろうが。そして何を訳の分からないこと言ってやがる。これはシンの朝飯だよ」
 そういうと、十は後ろを向いて、手にしたそれを思いっきり放り投げた。すると黒い稲妻の様にシンが飛んできて、上手に口にくわえた。思わず拍手してしまうが、あれ、もし失敗したらかなり危険なんじゃないだろうか。そこで疑問を口にしてみる。
「毎朝思うんだけど、あれ、失敗したらやばくない?」
「ばーか。俺野球部だぞ。外すわけねぇだろ」
 そういう問題なんだろうか。僕は思わないが、十はそう思っているらしい。馬鹿にしたような目でこちらを見ると、さっさと行ってしまった。少し急いで、僕はその背中を追いかけた。

 

「こっちに来い」
「あ?」
 我らが母校、中津中学校。中々、というあだ名で親しまれている我が校だが、今日は普段と違う姿を見せていた。
 というか、変な奴らが来ている。俗に警察と呼ばれる人達が、なんか、沢山いる。別に学校そのものは平常運転中のようだが、妙に胸を張った体勢で直立している彼らが十人も並んでいると、ちょっと近寄りがたい。
 それにくわえて、今日は校門のところに岩のような男が立っていた。
 いや、一応同学年の筈なんだが、そいつを少年と呼ぶのは抵抗がある。身長180を超えているんじゃないだろうかと思える程に背が高く、ずっしりと体全体が太い。宗谷逸朗、という名前のそいつは風紀委員を勤めていて、無駄に目立つので学校ではちょっとした有名人だった。僕には生まれる時代を間違えたようにしか思えないが。
「こっちに来いと言っている」
「ああ?」
 先程から、横柄な口調でなんか拉致られそうな台詞を言っているのは、その宗谷だった。両腕を組んで、ずっしりとこちらを見てくる。僕はもう平和主義者だから彼みたいのに「来い」と言われたら「はい!」と喜んで応じるのも吝かではないが、十は違うようだ。両手を握って、挑戦的な目で宗谷を見返している。いやいや、止めた方が良いと思いますよ僕は。
 物事を穏便にすます為、ここは僕が率先的に発言するべきだろうか。
「あの、何の御用でしょう…?」
 …あ、いや、腰が低いのは、穏便に済ませるためですよ?
 すると、宗谷が十の頭越しに僕を見てきた。うわ、本気ででかいよこの人。
「校長がお呼びだ、望月誠。正門からだと色々と面倒臭いから、こっちに来い」
「はぁ。それは構いませんけど…」
「おい、俺を無視するなよ」
 僕が消極的に従おうとしたところに、十が割り込んだ。神様、こいつは穏便に物事を済ませれないのですか?
「宗谷クン、唐突に出てきてそれはないだろ。事情を説明しろよ、事情をよぉー」
「お前には関係のないことだ。さあ、来い望月誠」
「はぁ…」
「おいっ、誠!てめー、着いていったらどうなっても知らねーぞぉ。そのゴリラにぼこられるかもしれねーぞぉ」
 十が何だか恐ろしいことを言う。確かにおっかないけどね、このゴリラ。
 しかしゴリラはゴリラと呼ばれるのがお気に召さないようで、何だか凄い目で十を睨みつけた。
「…言うに事欠いてゴリラだと?お前には口の利き方から教育する必要があるようだ」
「お前みてーな筋肉ゴリラに教わるようなことは何もねーよ。てか、面倒くさいってなんだよ、面倒くさいって」
 すると、何か後ろめたいことでもあるのか、宗谷は突然黙り込んだ。
 いや、そこで黙られるとこっちが困るんだが。十もそう思ったのか、思い切り胡散臭そうな目で宗谷を見上げた。
「…え、何、まさかマジで単に誠ぼこる気か?職権乱用か?」
「いや、いや。そういうわけではない」
 宗谷はそう言うが、あからさまに態度が怪しい。これは着いていったら、本気で体育館の後ろあたりに連れ込まれて、リンチの挙げ句ミンチにされてしまうかも分からない。僕が迷わず逃げる算段を考え始めようとした時、今度は唐突に後ろから声がかかってきた。

「はっきり言ってしまえば、望月君には殺人容疑がかかっている」

 ────それは大変だ。

 振り返ると、そこには怜悧な容貌の眼鏡少年がいた。この暑いのに、律儀に学生服を首元までしめている。えーと、確か…。
「…扶桑さん、でしたっけ?」
「ああ。扶桑だ、生徒会長を勤めさせてもらっている。覚えていてくれて重畳。先の選挙で一票投じてくれたのかな?」
 そうだそうだ、扶桑?。ある意味で宗谷以上の有名人だ。確かおじいさんが、この学校の創立に深く関わっていたとかなんとか。
 そんな扶桑さんは品定めをするように僕を見ると、右手の中指で眼鏡を押上げながら、また口を開いた。
「繰り返すようだが、君には殺人の容疑がかかっていてね。校長がその件について、話を聞きたいと仰っている。ご同行願えるかな?」
「…なんの、話、ですか」
「来れば分かる、来なければ分からない。…ああ、でも来るのをお勧めする。死亡していた生徒の妹が、酷く君が殺したんだと主張していてね。このまま行っても凄く居心地が悪いと思うよ」
 そう言いながら、扶桑さんは僕の肩に手をおいた。はっ、となって見上げると眼鏡の奥の彼の目と視線が合う。
「怖がることはない。私は君が下手人とは思っていないからね」
 ……下手人かよ。
 そんなツッコミすら口に出来ず、僕は狼狽した。口の中がカラカラで、頭がグラグラする。
 誰だって、突然殺人犯だと名指しで指摘されたらそうなると思うが…  最悪の気分だ。というか、何がなんだか分からない。
「…おいっ! てめぇっ、何わけわからねぇ話してやがる!」 
 そんな僕の耳に、心地よい怒声が響いた。十はそのまま歩み寄ると、がし、と僕と扶桑さんの肩を掴んで引き離した。思わず僕は扶桑さんを見上げるが、彼の目は眼鏡が光ってる所為でよく見えない。
「誠が殺人だぁ?!ふざけるなよ、どういう因縁の付け方だよそれ!」
「ふぅん。随分と望月君を信頼しているのだね、君は。えーと、志奈津十さんだったかな?」
「っせぇ!話を逸らすんじゃねぇよ、眼鏡野郎!」
 言うと、十は問答無用に扶桑さんに殴り掛かった。だがその拳は扶桑さんの顎を抉る前に、後ろから宗谷に掴まれて止められる。そのまま宗谷に押さえ込まれながら、十は喚いた。
「このっ なんだよ!どういうことだよ!おい!誠っ、てめぇも突っ立ってねぇで言ってやれ!そんなの嘘っ八だってよ!」
 ……喚きながらも僕を弁護してくれた十に、僕は答えることができなかった。
「……扶桑さん」
「何かな?」
 代わりに僕は扶桑さんを見上げると、一つのこと尋ねた。
「その、死亡した生徒というのは、どなたですか?」
「三年の惟神かなえさん。君も知ってる人物だろう?」
 知ってるも何も。惟神さんは、剣道部の先輩で…   ────僕の初恋の、相手だった。


Next


真如の月 [CONTENTS TOP] [] [1] [2] [3]