(5)/長耳の受難

 
 太陽の日差しは、万物に平等に降り注ぐ。
 此処、ぺヌエル第三区公園にもそれは同じだ。
 柔らかい太陽の祝福の中、人々はまるで自覚しないでその恩恵を享受し、生命を謳歌していた。
 そして、ベンチの一つにそんな姿を眺めている中途半端に長い耳の男がいた。
 ライブだ。
 道端のベンチに腰掛け、白金色の髪を弄びながら彼はぼんやりと昼の陽気を受けている。

 …結局、あの後リオンが一人でちゃっちゃっと取り調べを完結したが、人狼の疑いがあるものは一人もいなかった。一人一人に情報を検証してみたりもしたが、それで得たのはかってこの地に居城を構えたという吸血鬼のおとぎ話や、最近出回ってる薬に激化している闇社会の闘争、それに近隣国の情勢ばかり。中々面白い話もあったが、事件に関連性のありそうな情報は皆無だった。

 そこで業を煮やしたアニタレストは午後は個別行動で散開する事を決定した。散らばる事により、網を広げようというのである。だがそれも少人数ではかえっていろいろな意味で大変になると一応言っておいたが、はやし立てられて断念した。正直疲れるし。

 …ふと、ライブは視線を通りに向けた。そこには数多くの人間がいる。小さいのもいる。大きいのもいる。
 大勢の人間。
 沢山の人間。
 それはかつて、彼にとって悪夢のような光景だった。

 ライブ=ネキメシアは、ハーフエルフである。
 ハーフエルフとは文字通り「半端」なエルフ、つまり人間とエルフとの混血である。
 かつては血に濡れた闘争を繰り広げた両者だが、種族的には近縁である様で混血が産まれる事が在るのは昔から知られていた。しかし両者の友好云々以前に種族としての習慣の違いから、普通はハーフエルフは産まれ得ない。森を守護し、森と共に生きるエルフと、森を切り開き、自分たちで世界を作り上げる人間とでは到底なじみ合えないのだ。故に、今でこそ両者の和解が相成ったとはいえ、今でもたまに産まれるハーフエルフのほとんどは両親の合意の元にではなく、戦乱の混沌の中から産まれるのが普通だった。

 そして、どう産まれようが少数が多数に迫害されるのは世の常だ。ライブもその常から逃れる事はできなかった。幼くして両親を失った彼にとって、人間の世界はあまりに過酷だった。蔑みの視線を受けるのは何時もの事だったし、石を投げられた事もある。それでも生き延びられたのは、ひとえに彼の幸運の賜物だった。その上に物好きな魔術師に拾われて、魔術を習えたのは僥倖としか言いようがない。

 …拾われてからも色々あったが、ともかく最早どれも昔の話だ。たまにライブの耳を見て絡んでくる馬鹿者も存在するが、それらは全て現在進行形で後悔している。それに彼が生まれた「祖国」であるゼノ共和国と違って、此処アタウアルは皇帝の下に全人種の平等を認めた国だ。無用な差別は逮捕される理由にさえなる。

 ……と。
 軽く走った振動に、意識が現実に引き戻される。
 振動は、彼が常時展開している「網」の警告からくるものだ。
「網」とは一種の結界、文字通り感覚を延長した蜘蛛の網の様なもので、奇襲で即死しやすい魔術師に必須の技術だ。その「網」の警告、それは自身に敵意が向けられているのを意味する。だが、「網」はあくまで警告装置であり、より具体的な情報を得るにはその他の情報と組み合わせる必要がある。
 だからライブは体を伸ばす仕草をしながら、油断なく周囲を見渡した。そして、視界から得られた情報と「網」の振動パターンを統合。得られる結論は、
 ……激しく取り囲まれたねぇ…。
 本来彼の「網」は半径数十メートルに渡って巡らせているのだが、敵はそれを潜り抜けたらしい。
 どうやって潜ったか気になったが、今はその思考を強制終了。こうなったら、とにかく一発広範囲に術式をぶちかまして対応を見るのが手っ取り早い。人としては公園のど真ん中で破壊術式ぶちかますのは不可能だが、大丈夫、ライブはハーフエルフだ。そこらで奇怪な笑い声をあげている子供や、集ってその場にいない誰かを誹謗中傷している主婦の安全なんて知らない。
 だからライブは容赦なく、機先を制する為に、腰の法魔杖に手を伸ばそうとした。
「杖に触ったら殺す」
 駄目だった。
 腰へ伸びた右手が凍り付く。一瞬逡巡するが、繰り返される言葉に、仕方なく手を戻す。
「仲間が世話になったな、駆逐士」
 手を戻したのを確認したのか、また声がかかってくる。
 思ったより若い声だ。声から察すると、真後ろのベンチに座っているらしい。この距離なら間違いなく敵の一撃の方が早いが、相手が殺る気ならすでに死んでいるだろうから、まだ状況は最悪ではない。だからライブは、不敵に言葉を返した。
「世話なんてとんでもない。ただ接待させてもらっただけさ、――暴力的に」
「そうか、それはそれは。では礼をしたいから付いてきてもらえるか?」
「おや、突然だね。私としても色々と忙しくて… そうだね、二百年後なら予定が開いてるが?」
「多忙の極みか、同情する」
「そうそう、だから失礼していいね?」
「いや、忙しいのなら休暇をとるべきだ」
 こちらが立ち上がりかけるのとほぼ同時に、真後ろから響くのは指が鳴る音。それに合わせてこちらの両側に妙に体格の良い男が二人座ってくる。
「…あれあれ? 何故か犬臭くなってきた気がするな?」
「多忙すぎて鼻まで異常が?そういう時は景色をよく見てみるといい」
「いや、人は無理にものを見ようとするから不幸になると思うんだ」
「百聞は一見にしかずというぞ」
「それは若干意味が違うと思うんだけどね…」
 再度促す声に、嫌々前を向く。想像通り、見たくないものが大量にいた。 それは、思い思いの格好に身を包んだ男たち。一人一人格好も体格も違うが、
 ……明らかに殺気に満ちてやがるねぇ。
 やれやれ、とため息をつきながら咄嗟に数秒脳内で現状を再把握する。
  敵の総数は見える範囲で8。質は第三梯と仮定。
 味方戦力は0。
 位置は超最悪。
 支援は絶望的に望めない。
 それらから導かれる現時点での答えは、完全敗北。
「お疲れの様だ。我らの巣窟で休まれるとよい」

 ――故にライブは、
「分かった。ご招待に預かるよ」
 迷う事なく投降した。

 ……だから個人行動は「色々と面倒になる」といったのになぁ、と思いつつ。

 

... to be continued

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