柔らかな春の朝日は万人に対して優しい。
 リオンが目覚めると、ベッドに体が半分沈んでいた。流石は最高のホテルの最高級のベッドである。最高の柔らかさだ。この数年ぶりの柔らかさから離れるのは中々に惜しい事だったが、気合いを入れて何とか起き上がる。そしてどうにかして悪魔の蜜の様に柔らかい布団をはねのけ、洗面所に赴き顔を洗う事に成功する。
 
  残るは… 着替え。昨日風呂(驚くべき事に浴槽が本当に総大理石制だった。果たして意味はあるのか?気持ちよかったが)にあがった後着ていたガウンをどうにか脱ごうとするが… これがまた柔らかくて着心地が良すぎて、つまり脱ぎがたい。むしろ正直脱いではならない気すらする。むしろさっさとベッドにもう一回入って二度寝したい。
 更に頭の中の鈍い痛みが、再就寝を支持する。記憶にはないのだが、酒でも飲んだのだろうか。
 まさか前後不覚に成る程に飲むとは。昨夜の自分はどうしようもなくハイだったらしい。
 しかしとりあえず思考を着替えに戻し、着替えない場合のリスクを考える。
 まず、脱がないと外に行けない。(いや、ぶっちゃければいけない事もないが外聞的に非常にまずいしなによりライブにからかわれるネタになる。)そして、起きないと論理的にアニタに叩き起こされる事になる。可愛い女の子(しかも考えてみると一応幼馴染み)に起こしてもらうというシチュエーションも中々萌えるし悪くない気もするが、しかしすると必然的に寝間着姿を見られ、必然的にまたかの年下の次期侯爵の小娘に生活態度を改める様に説教される。それは嫌だ。メリットとデメリットを比べてみると非常に決めがたい。

 ………そしてたっぷり三分は悩んだ後、リオンは、ようやく悩む以前の問題だという事に気付いて着替える事にした。その時、昨夜自身が昏倒させられてぶったおれた事など気付く事はずがなかった。そして自身にアルコールなど影響がない事も。

 リオン・アイン・ルネトスト 22歳。

 彼は朝に弱い駆逐士だった。



第三章 計略と謀略の朝

ああ、哀しい。 何故君は分からないのか。
神様は世界のありとあらゆる場所に、生命を栄えさせようとしているのに。
ありとあらゆる生命は奇跡であり、生きる価値があるのに絶対のものなのに。
君と僕とは、つまるところ同じものに過ぎないのに。
     ー "聖人"  「天上天下唯我独尊論」 帝歴 紀元前243年頃 ー


 リオンが装束へ着替え、集合場所である一階ロビーに降りると背広姿の人だまりが出来ていた。これが、例えば大通りだったら別に不思議はない。大道芸人か何かだろう。だが此処はペヌエル最高のホテル、ウレイスだ。こんな所に大道芸人がいるなど、大皇総合図書館に文盲がいるよりも不自然だ。少し興味にかられて、人垣の中を覗いてみるとそこには馬鹿が奇行を繰り広げていた。つまりはライプ・ネキメシアというエルフの血が半分流れるハーフの中途半端に長い耳の大馬鹿が。

 背広姿の紳士達の輪の中で。ライブは片膝をつき、天啓か何かを感じ取る様に両手を天… ステンドグラスから降り注ぐ光に掲げていた。

 …とりあえず奇異の視線を命一杯受けているライブを蹴り倒し、ホテルの前まで引きずる。

 

「…何をしていたんだ? 新手の新興宗教礼拝か?」

 ウレイスホテル前。優美な白磁の階段の前でかなり真剣に相棒に問いかける。あの行為は、国柄的に下手をすると通報されかねないからだ。しかしそれ以上に上品なそこらの紳士淑女から奇異の視線を感じまくって居心地がわるい。向うの方の何処か執事っぽい青年も俺たちが気になるのだろう。しかしじっくり見ては失礼だと思ったのだろうか、ほとんど違和感がない程度にたまにこちらを覗きみてくる。その余りの自然さが返って不自然なのだが、好感がもてる。だが、その俺の中に生まれたわずかな清涼さに泥をぶちまけるかの様な事を相棒がほざき始める。

「見て分からないかね? 日光を浴びているのだよ。見たまえ、紫外線が皮膚内でプロビタミンDをビタミンDに合成している。」
「骨粗鬆症対策ってか? 激しくイタいから止めろ。」
「リオン、君もやりたまえ。丈夫な骨でないと、君を骨操兵にする価値がなくなる。」
「何故そんな危ない事を口にする? むしろ脳内でも絶対考えるな。」

 ライブの言葉に、冗談とは分かっているが精一杯出来る限りの出来れば凍死させたい位の冷たい目線を向ける。

 骨操兵。それはきちんと埋葬されたか、あるいは生前の行動に正確に報いを受けて遺棄された屍体が綺麗に白骨化したものを媒体に造るマリオネット。白骨死体がベースであるわけだから、当然腐りかけで臭い屍操兵と違って臭くはない。だが、その異形の外見は小さな子供を持つ母親が適当に「骨操兵が来ますよ」といって子供を脅迫する程に有名でそして恐ろしい。むしろそんなものが子供の教育(私的には心理的脅迫だとも思う)に使用される程有名なのが嫌だが、帝歴140年に起きたアムリタの乱で屍霊術師アムリタが数万体にも及ぶ骨操兵を使役し、帝国に反抗した時から誰でも知っている常識となってしまった。とりあえずこんな高級ホテルの前で口にする言葉では断じてないのだが、幸い何かの冗談だと受け取られた様だ。有名すぎるのが幸いした。さっきの青年も向うを向いている。てかまだいたのか?

 …とりあえず死んだ時は絶対火葬にしてもらおうという決意を胸中で再び誓っておいた。
 …いや、待てよ。此処いらでいい加減ライブを教会に通報しておいた方が良いか?

 俺は脳内で高速打算する。

 アムリタの乱以来、教会は骨操兵に当然神経過敏になっている。もし、ライブが骨操兵を造ろうと企んでいる事を密告すれば、間違いなく教会は喜んで腐れ滅殺導師を逆に滅殺してくれるだろう。当然密告に対する恩賞が下る事も堅い。いくら高位滅殺導師たるライブでも、教会の精鋭たる聖堂騎士にかかれば何とかなるはずだ。なんとかならなかったら… その時は過分に教会法カノンを破っている俺自身と、こちらはどうでもいいがその他大勢の悪鬼の親戚みたいな連中、つまり駆逐士やハンターに都合がいい。勿論そのまま共倒れしてくれたら言う事も無い。むしろなりやがれ。

 とりあえずの楽しい仮想妄想と現実逃避に希望を見出した俺に、礼拝(としか思えない奇行)を終えたライブが半月の笑みを浮かべて話しかけた。
「一応断っておくがね、リオン。」
ライブの極上の微笑みと、それと正比例して生じる果てしない嫌な予感に、楽しい仮想物語から俺が嫌々ながらも現実に帰還する。わざわざ俺の帰還の確認をした後、たっぷり一秒間を空けてライブが言葉を続ける。

「私は実はいざという時の為に君の脱税行為の証拠と卑猥な品の数々の写しを確保している。君が私を密告したら、私ってば絶望のあまり錯乱してこれをぶちまけてしまうかもしれない。」

 刹那の沈黙。


 直後、ずずずと擬音が聞こえないのが不思議な位に俺の顔面から血の気が引き蒼白となるのが分かる。末端とはいえ、俺の家は誇り高き貴族の家である。もしも俺が生き延びる為と趣味の為に仕方なく犯した数々の秘事が明らかになったその日には…醜聞を消す為にルネトスト家総出で俺を粛正しかねない。もし当主、別名腐れ父上が「殺っちまえ☆」とでも言った時には暗殺者がバーゲンセールにたかる主婦並に発生する事は確実。しかも何かにかけて俺を虐待できるチャンスを狙っている父上の性格を考慮すると、真剣に国外逃亡を検討したくなる。更に中途半端に長い耳の相棒が死闘の果てに果てた俺と暗殺者達の遺体を腐霊術の練習台として利用する可能性に気付き怖気が立つ。人生設計と相棒を間違えた事を改めて認識しつつ、俺は左手を手すりについて、体重をかけながら右手でこめかみを揉んだ。


 そんな俺を嬉しそうに横目で見つつ、ライブは懐に手をやり、立体映像投影機を取り出した。 直後投影機は静かな回転音をあげ、スクリーンの上に聖なるペヌエル都の緻密で複雑な立体地図を映し出した。ライブが更に制御玉に手をあてると、制御玉の感応装置がライブの思考を察知し、立体映像に数カ所の紅い光点が煌めく。光点は、それぞれが此処三ヶ月内に人狼による襲撃が行われた場所を記していた。全ての光点が点灯するのを確認するとライブはその点を眺めた後、泰然と腕と足を組みベンチに座って目を閉じて思考の海に沈んだ。

「…で、どうだ?」
 その三分後。ようやく精神的に回復した俺が口を開けていた。三分後というのはあくまで俺のフィーリングだが。
「お前の無駄に活発な灰色の脳細胞で何か規則性でも見つからないか?」
「難しいね。私は探偵ではないから、推理は得意じゃない。とりあえず共通点をあげるとだねーーー」

 相棒の声を受け、ライブは目をゆっくり開けるが、その視線は未だ遠くに向けられている。

「…まず、共通性その1 襲われた場所のほとんどが咒法関係の商店である事。」
 ライブの指摘通り、襲撃が行われた場所の全てが何かしらの形で咒法に関わっている。…といっても、咒法屋、付与術房などなど一貫性はないが。一応その他にも襲撃されたと報告された場所はあるが、それは車の販売店であり単なる模倣反の可能性が高い。なぜならば襲撃を受けた時点で無人だったので目撃者はいないものの、現場に獣毛が発見されていなかったからだ。持ち出された運搬用トラックにしても、人狼には必要ないものだし、なにより彼らならトラックなどに頼らずに獣化した方が隠密性も機動性も高い。恐らく犯人はは単にこの騒ぎに便乗してトラックをかっぱらって麻薬でも運搬しようという馬鹿だろう。そんな馬鹿に駆逐士たる二人がつきあう暇はない。優秀な郡警察がそのうちきっかり逮捕してくれるはずだ。

「共通性の其の2。  人狼は絶対に集団で行動している。」
 その通り。襲撃された場所には当然ながら警備官や護衛が配置されていた場所もあり、人狼の血痕などの闘争の痕跡も検出された。残念ながら生存者は一人もいないが、いくら人狼とはいえそんな戦闘を一人で何度もこなせるわけがない。襲撃自体も効率的であり、集団でやったのは間違いがない。 
  しかし此処で一つ疑問が湧き、俺は口を開く。
「…だが、人狼というのはどっちにしろ常に集団で行動してるものじゃないか? 奴ら、結局狼だし。」
「間違ってはいないが、この場合はそれはあてはまらないね。確かに人狼は行動を起こす時は普通集団で行動するが、それも5人から6人程度が限度でこの三ヶ月の様に推定20人以上の集団で行動する事はありえない。不自然だよ。」
 …一応筋が通っている様に思えた。 

「…で、以上の事による論理的帰結は?」
 俺の、割と投げやりな問いにライブがいやに楽しそうに無駄に整った口元を歪めながら、応える。
「可能性1 各種簡易術具を奪っての人狼による人類に対するテロリズムへの下準備。可能性2 単なる金に困った人狼の強盗行為。ただし盗品の売り先はマフィアかテロ組織。可能性3 人狼は何者かに使役されてるに過ぎない。その何者かの目的は、20以上の人狼を使役するそのものですら結晶体が幾つもいる程の何か」
「どれも素晴らしく嫌だな」
「楽しくてて良いじゃないか。それにスターニア嬢は喜ぶのでは? 彼女が喜べば親ばかのレエモン侯爵が報酬を上乗せしてくれると思うがね」
「馬鹿いうな。アニタにもしもの事でもあってみろ。責任問題を問われて非公開の軍事法廷、別名死刑宣告所に召還されるぞ俺たち」
「私はそこまで心配しなくてもよいと思うがね。多少の事はレエモン侯爵だって覚悟しているだろうし、それにスターニア嬢自身も強いだろう?」
「…まぁな」
そこで言葉を切り、俺は視点を上にあげ昨日の戦いを思い出す。確かにアニタ、アニタレスト・ヘル・スターニアは強かった…というより無茶苦茶だった。なにせ幼き日のあの可愛いアニタは何処にいってしまったんだ。と、この俺が思う程の手だれ具合だ。
 美少女が大剣を振り回すという設定に萌える奴もいるようだが、俺には理解できない。納得いかないなら俺の代わりに実物を見てみろ。 引くぞ。
 そんな事を脳裏で思っていたのとは裏腹に、口を開いた俺からは意外にまともな台詞がでた。

「…一応あれでもアニタはまだ成人前の女の子だ。無理をさせる事は出来ない。」
「やさしいねぇ、リオンは。」
 相棒が半月の笑みを浮かべながら、心にもないことを俺に言う。

 と、その時高い靴音が上から響いてきた。女性のハイヒールの足音、というよりは 軍靴の音に近かったが。
 だるいながらもほとんど義務感で俺が見上げた先には、一面の紅が広がっていた。否。それは体全体を紅で統一した少女。聖水で織られ、聖火を具象化して染められた紅衣に、匠が魂を込めて鍛えた部分鎧で華奢な体を包み込み。衣と、鎧の間から覗く素肌は滑らかで白く、紅色とコントラストを産み。大きな、意思の強そうな目は、緩やかな弧を描く眉に縁取られ。自信ありげに端がかすかに持ち上がった、その唇は衣と鎧と同色の、深紅。 そして何よりも目を惹くのは、彼女の印象を「紅」とする、長く艶やかな髪。 …それはアニタレスト・ヘル・スターニア次期侯爵殿下その人だった。
 燃える焔の色の髪の少女は、二人を見下ろすと満足そうに両腕を組んで頷く。

「二人とも、ちゃんと来てるな。感心したわ。」
「来てなきゃアニタに切られるからね。」
「左に同じ。」
肩をすくめて俺が答え、ライブがそれに習う。てか返事してから思い出したが別に時間の約束をした記憶はない。
 しかし意図してるのかどうかは不明だが、ご令嬢はそんな事実を軽く無視って「ふふ」と笑う。
 そして突然剣を抜くと、剣を空にむかって突きつける。通りすがりの金持ち風の老夫婦が驚いて目と口で三つのOを作るが、
俺たちは別に馴れているから動じない。気の毒だとは思うが。

「さて、それじゃ行こうか!  今日こそは人狼達の拠点を押さえるわよ!」
「「おー」」
 真剣に驚いている老夫婦を尻目に、アニタは剣を空高く向けたまま宣言し、俺たちの適当な相づちが続く。その後さっさと歩き出した侯爵家令嬢の後に俺が続いた。ライブの妙に軽くて何故か腹が立つ足音もそれに続く。なにげなく俺が振り返ると、そこにはペヌエル最大のホテル、ウレイスの偉容があった。晴天の中に聳えるそれは、まるで天上の宮殿の様な印象を俺に与える。ぜひまたこのホテルで、あの極上のベッドで寝れます様に。最後にそう念じた後、特に意味もなく十字を切って俺は背中を向けて歩き去った。

 

 

 ・・・・一行が立ち去った後、どことなく執事的な青年は汗を拭いた。その後、彼はしばらく一行の去った先を凝視した後、踵を返した。 その誠実そうな瞳に決意を込め、彼はなぜか鼻をひくつかせながら緊張の面持ちで場を立ち去った。

 仲間達に、指示を下す為に。 そして  "二人"の目的の成就の為に。

... to be continued

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あとがき/猫は天国の夢を見るか。
第三回目です。 読んでいるヒト独りでもいたら嬉しいのですが。
ところで、みりゃ分かると思いますが、書き方を毎回変えています。 これに深い意図が、あったらいいなと思いますがありません。
単にどの書き方が楽か調べてるだけです。今の所は一人称が一番楽かな。うん。
内容について、先を考えずに書いているので跡でムジュンする部分がでると思います。気にしないで下さい(ぉ)
とりあえず誰か独りでも続きをよこせとおっしゃれば続く書くつもりですが、なかったら止めて違うの書きます。
でもそれ以前に先に宿題をやらないとまずいというジレンマ。ううむ。     <終>