Other Side ─夜─



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その日、俺はキルスの家を出て家、厳密には事務所兼自宅ではなく、いつも厄介ごとに巻き込まれると泊まりに行く家だ。以外ともぐりの探偵業は儲かるもので、この町には二件家を持っている。
今向かっている家は詳しいことはわからないが特別な作りになっている。今までも何回も使ったことの無い家、普段は使わない家なので、しっかりとした原理は自分でもわかってない。

家はすぐそこだった。まだ完全に夜にはなっていない半端な時間帯。暗くも無いが、決して明るいとはいえない道を歩く。

大体予想はしていたのだ、家の前には昨日インターホン越しに見た女性。昨日はわからなかったが、背は大体170はあるだろうか、女性では大きい部類に入る。髪の毛はベリーショート。線は細い。よくある引き締まった筋肉と言う感じでもない。ただ単に線が細いのだ。

「どーも。こんばんわおねーさん。」
「あら、どうも。やっぱりこっちに帰ってきたのね。東君。なかなか興味深い建物ね。・・・寒いわね。中に入れてもらってもいいかしら?」
「喜んで、手は出さないでくださいよ。どちらの意味でも。」
「お約束は出来ないわね。あなたが魅力的だったら手だしちゃうかも。」

確かにこの建物は珍妙だ。外から見たらただの箱である。しかも黒い。窓も通りから見る限りは存在しない。
中も真っ黒。しかしドアの向かい側。すなわち通りの裏に面した壁には小さい。ギリギリで月の光が差し込む程度の丸い窓。

「随分とムードがある家だこと。二階とかはあるの?」
「無いですけどそこらじゅうに真っ黒の家具で囲まれてますよ。そこにはソファーが。よろしければどうぞ。」
「ありがとう。失礼するわ。あら、ここにはテーブルがあるのね。本当に真っ黒ね。視覚が麻痺しそう。」

真っ暗な部屋の中に二人向かい合って座っている。東はテーブルに腕を乗せて女性を見つめている。
女性はソファーに深く腰をかけて東を見つめている。
先に口を開いたのは東だった。

「それで、今日は何の御用でしょうね?おねーさん?」
「そのおねーさんっていうのは違和感があるわね。」
「じゃぁどのようにおよびすれば?」
「そうねぇ・・・アリス、アリスでどう?思いも寄らない出来事で不思議な世界に迷い込んでしまった可哀想な可哀想な不思議の国のアリス。」
「じゃぁアリス。何もしないって言ったけどそんなわけ無いよねぇ。この時間に、そんななりして、こんな男のところに来るなんて理由は一つだよね。」
「じゃぁせーので言いましょう

せーの。」

「「殺し合い」」

当然の一致。

閑話─不思議の国─
誰だって一生に一回は人を殺したいと願うでしょう?
誰だって一生に一回は不老不死になりたいと願うでしょう?
誰だって一生に一回はほかの人より優れた能力を持ってたらって考えるでしょう?

それが私の場合は人一倍強くて願ったら叶ってしまっただけ。
力は唐突に私の物となり、私に力を与えた。
力は私から人間を奪い去り、時間も奪い去った。
永久的に無駄を私に与え、私に何も与えなくなった。
だから私はアリス。
突然に不思議な国に放り込まれ魑魅魍魎の中で生活する。
私は可哀相な可哀相な不思議の国のアリス。

 

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「ですよね。やっぱり。」
「残念ながら。」

「それじゃぁ・・・始めます?」
「良いわよ?そちらがよければ。」
「同じく。そちらがよければ。」

言葉が終わると同時に二人が動き出す。
アリスが右手を突き出す一寸前に東が消える。
真っ暗な中に東の明るい髪の毛が靡く。その髪の毛を追ってアリスも動く。
東は楽に真っ黒の家具の間を縫って何処かへ消える。アリスは東のようには動けず何度も家具にぶつかりながら明かりの一番強い、外からの光が注いでいる部屋の真ん中、テーブルの横に立ち止まった。

アリスはどこに東がいるかまったく見えなかった。
右を見ても黒。左を見ても黒。黒黒黒黒黒黒。真っ黒。

アリスの頭上から東の声が降り注ぐ。

「どうですか?俺の家の具合は。」
「非常によろしいんじゃないかしら?テーブルの角にぶつけて足が痛いわ。」
「それは失礼。俺にはどうしようも出来ない問題ですが。ちなみに俺がどこにいるかわかりますか?」
「声がするのは天井からだけどそこに居るとは考えにくいわね。」
「ご名答。この家は特殊なつくりになってまして、ある一定の場所に話しかけると声が天井から降ってくるように聞こえるわけです。そんなこって聴覚、視覚で俺の居場所を特定することは不可能ですよ。ってな訳で色々質問してもいいですかね?」
「いいわよ。答えられる範囲であれば。」
「まずは、何で俺たちを狙うのか。貴女の仲間らしき人たちが俺の大事な大事な仲間たちに会いに行ったらしいんですけどね。」
「多分私たちの頭、ちなみに私たちはそれぞれのことを数字で呼び合ってるわ。ちなみに私たちの頭はゼロね、私はゼロとか読んでるけどほかの人はノーナンバーとか色々な呼び方で呼んでるわ。まぁ若干一名人語が操れない奴も居るけど。なぜって言われてもね・・・私たちはその頭の意思に沿って行動しているだけだから頭が何を考えてるかは判らないわ。」
「なるほど。じゃぁ、悪いですけど貴女に意思が無い以上はやめにケリをつけないとなぁ・・・残念残念楽しいおしゃべりの時間はこれでおしまいこれからは血沸き肉踊る殺し合いの始まり始まり。」

東はそういったが両方ともが動かない。少なくともアリスは東が見えないから動かない。
アリスの足元に何かが触れる。上体を崩さずに踏み潰す。そこには何も無かったが足を上げたときにナイフが左足に刺さる。
アリスは多少ふらつくが体の軸は崩さずに東がどこに居るかを必死で探る。左足の内側に刺さったナイフを取り飛んできた方向に向かう。すばやく動いて壁までたどり着く。壁を背中につけるとじっと向かい側の壁、天井、右、左と色々なところを確かめるが東の姿はもとより動く気配さえ感じられない。

壁に背中をくっ付けたままずっと右に移動して壁と壁の境目まで移動する。
壁に背中をくっつけるとかすかな風の動きと共に首の周りに何かが回された。

東は腕を回すとしゃべり始めた。
「個人的には女性の殺生は好ましくないのでこのままどこかに監禁って形でどうでしょう。もちろん命の安全は保障しますよ。俺は。」
「いやといってもそうするのでしょう?だったらさっさとそこまで運んでこの微妙な緊張感から開放してちょうだい。」

アリスがそういうと彼女の足は地面を離れていた。感覚が無い。
しばらく腹ばいの状況で上下しながらおとなしくしていると急に明るくなった。外に出たようだった。
アリスの視界には見慣れた灰色のアスファルトだけ。
「これからちょっとだけ歩くから楽にしててください。」

東はそういったがそうも行かない。さっきはああいったが実際アリスは監禁される気はまったく無かった。どうやらアリスは東の肩に担がれているようだった。少しだけあごを引くと東の背中が見えた。前ではひざ裏で足を両腕で抱えられている形だった。
少しだけ抵抗してみると東が少し強く足を締めた。
「次抵抗したら頭がぱかーんって行きますよ、ぱかーんって。」

そういわれて黙っていても拉致されるだけだったのでアリスは本気の力を振り絞って抵抗した。左足をノーモーションでみぞおちに打ち込み右足を思いっきり蹴り上げる。普通だったらそこで手を離すところなのだが東はそうではなかった。
打ち込まれた左足を左手でしっかりと抱え右手をアリスの顔の上に添えた。
「抵抗したら頭ぱかーんだって言ったで      しょっ!」

アリスはいったい何が起こったのか理解できていなかった。渾身の左ひざを抱えられて口の上には東の右手がある。少しだけタバコのにおいがした と思った次の瞬間には東の右手と左手に力が篭った。
視界がぼやける。
地面
真っ黒な空
東の頭
東の顔

真っ暗。

何かを擦る音と共に火のつく音がする。何かの燃える音。
「あーあ、だから頭ぱかーんだって言ったのに。」
東は自分の吐いた煙と共にアリスの後頭部が割れた死体を見下ろした。

閑話

あー、酷い。後頭部を強く打ち付けられて目玉が飛び出してるよ。後頭部もぐしゃぐしゃだし。これは言い訳めんどくさそうだなぁ。俺はタダの警官だっていうのに。あー、めんどくせぇ。しかしまぁよくもこんな殺し方するな、東も。担いでたところに反動つけて地面に叩き付けたって感じかな?それだったらあいつ程度の力でも出来るだろうし。
うわ。靴に血ついちゃってるよ。洗ってもとれねぇんだよなぁ。もう。最低。

 


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