Other Side ─夜─



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 霜辺が敵と遭遇したのは意外と早かった。いや、厳密に言うなら霜辺が「一方的に」知っていた。

 彼は伝説だった。
 突如として音楽シーンに現れ、はびこる商業的な音楽に牙をむけ、圧倒的な音と暴力の奔流を駆使して、アンダーグラウンドにはびこるキッズの頭を吹っ飛ばした。
 一時期は社会現象となり、商業的な音楽に走る危惧もされたが、結局彼はオフィシャルなアルバムを一枚出しただけで突如として姿を消した。
 まるで今までその世界に存在していなかったかのように、嵐のように来た男は去った後やはり嵐の後の様なクリアな空を残して姿を消した。
80年代、90年代はその男の影を引き摺ったバンドや人間が山のように、それこそ吐いて捨てるようにでてきた。しかしその誰もがその男のレベルには達せずに姿を消した。彼らがあこがれたその男のように彼らも又まったく音楽史に影響を及ぼさずに姿を消した。

 霜辺はその男が存在した年代の人間ではない。しかし彼と霜辺には共通の点があった。

 アンチクライスト

 彼は徹底していた。パフォーマンスで聖書を破り燃やし、十字架を熱して逆十字にして額に押し付けた。
 彼は徹底していたが決して宗教上でのアンチクライストではなかった。
 キリストに反抗した宗教を立ち上げたわけではない。しかし彼のその着かず離れずのスタンスは数多くの幼い思考の持ち主のキッズの心をつかんだ。
 霜辺も徹底したアンチクライストではない。しかし彼の生き様にはあこがれていた。
 彼女の生きる道は暗闇だ。
 何をしても現実世界には何も及ぼさない。ただ居るべきでない人間を消すだけ。国家が居ないものとして 認定した人間であるから、ニュースにもならない。
 霜辺もまた彼と同じように結局何をしても何も残せない人間だった。

 霜辺のその感情は恋愛感情に近いものがあったかもしれない。それは彼女しか知りえないものであるが。

 

 霜辺はなんとなくであるがその彼と遭遇する予感があった。
 だから彼が突如として彼女に敵対する物として彼女の人生に登場してもたいした驚きは無かった。

 

「こんばんわ。」
「こんばんわ。なんとなくお会いできると感じておりました。」
 突如として繁華街の大通りから姿を現した彼は彼女に挨拶をした。
「それはありがたいね。俺は君のような世代にも知られているのかな。だとしたらとても光栄なことだけれども」
「それはどうでしょうね。私は貴方に・・・そう、あこがれていたから知っているけれども私と同じ年代の皆さんはご存じないように感じます。」
「そうか!では君は俺のファンって事でよいのかな。どんな世代であれファンというのはありがたいよ。俺が目の前に現れるとありがたがって俺のために死んでくれたりするからね」
「それを私に期待されても困りますね。私はまだ死ぬつもりは無いですし貴方の熱狂的なファンのような物でもないですから。」
「そうか、それはこまるなぁ。なるべく無駄な殺生は避けたいのだけれども」
「ここではあまりに人目が多すぎます。いい場所を知っているのでそちらに移動しましょう。」
「そちらからデートのお誘いとは身に余る光栄だね。お供しますよ。」

 その返事を聞くと霜辺は来た道を引き返し始めた。数歩遅れて男も着いてくる。

 霜辺は繁華街から入り組んだ道を進み、町の外れまで来た。場所的には東の家とはまったく逆方向に位置する場所だ。
 そこは荒れ果てた空き地だった。雑草は好き勝手に伸び、足元が見えないほどの高さと密度だ。

 先に口を開いたのは霜辺だった。
「貴方は何故突然姿を消したのですか、それに貴方はあの頃──現役で活躍していたときとなんら変わらない姿をしてらっしゃいますね。」
「どの質問から答えたらいいのかわからないけれどもとりあえず俺が姿を消した理由から答えよう。人間が音で作れるものというのはリミットがある。俺の中で俺の音楽は既にリミットに達した。だからだよ。もちろん未練があるわけではなかった。」
「では今、貴方はその『リミット』は越えられたのですか」
「その通り、俺はあの後自分から頼み込んである刑務所に入っていた。意外とあっちの刑務所というのは安全でね。多少規則は厳しいが学校や今の社会ほどじゃない。何より俺は早く死んで次のステージに行きたかった。次のステージのためになんにもない場所に行くことはまったく戸惑いが無かった。」
「と、いうことは貴方は既に人間ではないと考えてもいいのですか。人間のリミットに達した貴方はもう次のステージに進んだ。」
「そう。俺はネバーダイになった。死なない体、死ねない体。その二つをいっぺんに手に入れたよ。俺の望むところだった。具体的に見せてあげよう」

 男はそういうとナイフを取り出した。彼はおもむろに首筋にナイフをあて、横に引いた。鮮血が噴出す。
 しかしそれも一瞬だった。1秒程度血が噴出すと、彼の血はとまった。体にあるすべての血が抜け出たかのように、止まった。

「こういうことだよ。少なくとも外傷で死ぬことは無くなった。出血死もない。なぜなら致死量に達する前に血は止まる。」
「なるほど・・・本当に人間ではなくなってしまったのですね。」
「残念かい?」
「えぇ、貴方が作っていた音楽は人間でしか作りえない青臭いにおいがありましたから。」
「俺はそれを望んでいなかったんだよ。」
「そうですか。残念です。もう貴方に未練はありません。私は仕事を遂行します。」

 霜辺はライトアップ(※)の構えを取った。男はまだたたずんだままだ。

「そうだ。一つだけ聞いておきます。貴方はもんじゃ焼きがすきですか?それともお好み焼き?」
「突然の質問だね。お好み焼きとご飯も捨て難いけどもんじゃ焼きが好きだね。始めて食べたときは衝撃だった。」
「わかりました。ではお望みどおりに。」

 そういうと霜辺は徐々に距離を詰め始めた。徐々に、というには多少大きすぎる歩幅ではあるが、一向に男との距離は縮まらない。
 霜辺はスピードをあげ、男の懐に飛び込んだ。手始めに全体重をかけ足の指先をかかとで踏む。
 前にかかった体重を乗せて右のこぶしを内臓の上にえぐりこむ。
 確かな手ごたえ。
 しかし男はたじろきもしなかった。

「打撃の攻撃力はそうでもないみたいだね。しょうがないよ。女の子だし、ちょっとウェイトがたらないかな?」

 霜辺は言葉をすべて聞かないで相手の足を狩り倒す。上になり肩を極める。そして容赦なく180度以上捻り上げる。
 手に不快な感覚が残る。

「おお、考えたね。確かに間接を外されると痛いなぁ。脱臼までは行かないけどもう一歩って感じかな。」

 そういうと男は霜辺を突き飛ばし立った。
 立ったと思うと男は受身も取らず外した肩から思いっきり地面に激突した。

「こうすればね?ほら。動く。」
「なるほど。そう簡単にはいかないのですね。」
 そういうと霜辺は地面に座り込み腕を地面に、めり込ませた。
 何かを握り
 取り出す
 すると霜辺の手にはなんとも形容し難い形をした釘バットを取り出した。

「おお、物騒だね。」
「これが私の得物ですから。」

 霜辺は言い終わらないぐらいのタイミングで姿を消した。
 男は周りを見渡すが見当たらない。

「なんていう手品だい?」
「この世界姿を消すというのは一番の手段なのですよ。特に私の様な非力な人間はこうでもしないと体力的に有利な人間を殺せない。」
「なるほど。卑怯とはいわないけどなかなか顔に似合わず狡い手を使うね」
「なんとでもいってくださって結構ですよ。」

 霜辺はそういうと影の中を移動して男の隣に「湧いた」
 霜辺はすぐ、相手の脹脛の裏側に、全体重を乗せて釘バットを振り下ろした。

 こぎゃ

「っ・・?」

 男が肩膝を着く。

「ここからは一言も喋らせません。」

 そういうと霜辺はそのまま体を1回転させて釘バットを相手の顔面にぶち込んだ。

 ぐちゃ

 男の首は軽く吹っ飛び、頭をしたたかに地面に打ち付けた。
「・・・・・?」
 男は良く状況を飲み込めていなかった。それはそうだろう。どこからか湧いて出てきた少女にどこから飛んでくるかわからない暴力によって地面に打ち付けられたのだ。

 それを見た霜辺は話し始めた。

「さて、何故この釘バットが私の身長より少し長めに出来ているか少し実演を混ぜてご説明差し上げましょう。」

 そういうと霜辺はいったん離れ、思いっきりバットを振り上げた。
 当然そこからはあたらない。しかし霜辺はそこから走り始め、男が寝ている場所から少し離れた場所で跳んだ。
 霜辺はバットの重みで一回転し、まさしく全体重を乗せたバットを男の胸の辺りに打ち込んだ。

「ヶハッ・・・・」

 男は声を出した。いや、出してしまった。

「声を出しましたね。では。終わりです。」

 霜辺はその場で跪き、言った。

「親愛なる我が主よ、貴方の心を少しでも静めるためにここにおります不浄な者を不浄な私が貴方のために───料理いたします。   今日の料理は、もんじゃ焼きです。」

 そういうと霜辺は跪いたまま、バットを振り上げて、一心不乱に振り下ろし始めた。

 釘バットによって男の体は瞬く間に料理されてゆく。
 肉を引きちぎり、骨を砕き、臓物をミンチにする。

 ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅびちょびちょびちょびちょびちょびちょびちょびちょびちょびちょびちょびちょびちょびちょぴちょぴちょぴちょぴちょぴちょぴちょぴちょぴちょぴちょぴちょぴちょぴちょぴちょぴちょぴちょぴちょぴちょぴちょぴちょぴちょ

 数分経つと、そこには既に原型をとどめていない、人間の形をしていた物がそこに残っていた。

 霜辺は立ち上がり、空を見上げると、胸の前で両手を握り、こういった。

「御口に合いますでしょうか。」

 


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