―――闇夜の森―――
「放て!!」
闇夜の森と呼ばれている昼間でも薄暗いその森で、戦いが繰り広げられていた。
人間とエルフの戦い。
エルフ達は森を熟知し、影に紛れ矢を放つ。
だが、人間側、つまり彼らの敵側は戦闘経験豊富、暴力心溢れる海賊達。
「くそ! 奴ら「聖域」が目的か!!」
「怯むな! 迎え撃て!」
海賊達は大きな木の板を盾に、前進してきている。
そこいらの馬鹿な盗賊達とは訳が違うのだ。
「どけどけ〜!!」
「軟弱なエルフなんかにお宝はもったいねぇぜ!!」
次々と雨のごとく降り注ぐ矢。しかしそのほとんどは木の板に突き刺さるばかりで、海賊達を止める事は適わない。
矢が効かないと判断し、エルフ達は各々の矛を抜き、接近戦に備える。
しかし、エルフ達は頭脳、視力が発達し、矢の腕は一級品だが剣術に劣る。
さらに、数でも海賊達の方が圧倒的に多かった。
襲撃を予想していなかったエルフ達は、戦闘の準備は殆ど出来ていなかったのである。
勝機など、無いに等しかった。
次々と倒れていくエルフの戦士達。
その戦いを、少し離れた位置で眺めている者がいた。
「戦か・・・・エルフと海賊・・・・・海賊の勝ちか・・・」
木から見下ろしている男。
その男の持つ赤い両目はしっかりと戦場を眺めていた。
腰に刀を挿している。
「皆! 村の方まで撤退して! 私が時間を稼ぐからその間に態勢を整えて!!」
「な、馬鹿な真似はよせエルフィーレ!! お前は俺達の「長」だが女! それにまだ死なれては困る!!」
(・・・・・女?)
その男の一般的な考えとは、種族の長は決まって男である、と言う事だった。
「死にはしない! 態勢が整ったらすぐ戻るから、言う事を聞いて!!」
男の目に入ったのは、人間で言えば16歳程度の姿の女が指揮を取っている所だった。
「だが、しかし!」
「いいから撤退して!!!!」
激しい怒号に押され、エルフ達が撤退を始めた。
「まだ若いが・・・さすがは長、というところか」
「なんだぁ女ぁ! 邪魔しなければ命だけは助けてやるぞ?!」
「あれだけ叫んだんだ・・・・どくわけは無いだろうな」
「貴方達の目的は聖域でしょ?! 通すわけ無いじゃない!」
「ほらな・・・」
「だったら力ずくでもどいてもらうぜ!!」
数人の海賊達が一斉に襲い掛かる。
「お手並み拝見だな・・・」
エルフィーレと呼ばれたそのエルフは弓を捨て、背に挿してあった二本の短剣(というには少しばかり長い)を手にとり、
自分から突撃していった。
「ほぅ・・・・度胸は座っている・・・」
すると一番手前にいた海賊の斬撃を右手の短剣で受け流し、体を一回転させる間、三回もの斬撃を海賊に与えていた。
後続の海賊達もその踊るような剣術に圧倒され、次々と倒れていく。
「なかなかやるな・・・・」
だが、彼女の抵抗もそう長くは続かなかった。
木の陰に隠れていた海賊が彼女の後ろに忍び寄り、蹴り倒した。
「きゃっ!」
倒れた拍子に二本の短剣を手放してしまう。
「はいだらーーーーーーーー!!」
振り上げられた剣を目の前にし、死を覚悟して彼女は目を瞑った。
「・・・・・行くか」
木の上でその光景を見ていた男が飛んだ。
落下していく間、刀を鞘ごと抜く。
海賊の剣が振り下ろされるより一瞬早く、その男は着地したと同時に納刀したまま、鞘で頭を殴りつけた。
「な、なんだてめぇ!!」
「・・・・女一人に何人がかりだ」
「女一人に何人がかりだ」
その言葉を聞いた時、自分が生きてるんだって確信できた。
本当に死んじゃうかと思ったもん・・・。
助けてくれた人は人間だったけど・・・そんな事考える暇さえなかった。
私の目の前に押し付けられた光景が凄まじかったから。
その人は皆が必死で倒そうとした人間達をあっという間に倒していった。
「凄い・・・」
しかも、私の目の前から一歩も動かずに、ただ刀を動かしているだけなのにどんどん倒してく。
「て、てめぇ・・・・」
「あんたたち情けないねぇ・・・」
偉そうな女の人が前に出てきた。
「き、キャプテン・・・」
キャプテンって言葉は聞いたこと無かったけど、多分村の長みたいな物かなって思った。
だって凄く偉そうだったから・・・。
「あんた、人間のくせにエルフを助けるのかい?」
その言葉で、私も思っちゃったんだ。
この人も、皆を殺した人間と同じなんだって・・。
でもその人は寂しそうな顔でこう言ったの。
「・・・・誰かを助けるのに理由が要るのか?」
その言葉は凄く印象に残ったかな・・・。
「くくく、面白い事言うねぇあんた。いいさ、別に、助けたけりゃ助けりゃ」
可笑しそうに笑いながらそう言ってたけど、冗談とは取らなかったみたい。
「でも、あたし達だって必死なんでね、手加減はしないよ!!」
「・・・・来い」
そういうと、その女は剣を抜き、突進してきた。
「あたしの名は海賊ラウスさ! 覚えておきな!!」
俺は刀を鞘に納めたまま、鞘で斬撃を受けるが・・・正直さっきまで相手にしていた奴らとは話が違った。
「く・・・・やるな」
「ほらほら! その刀は飾りなのかい?!」
なんとか受け続けるが、奴が左手を使っていない事に気づく。
次の瞬間、直感で体を後ろに逸らした。
「む!」
俺の目の前を通過したのは奴の左手にいつのまにか握られていたナイフだった。
「へぇ、良くよけたねぇ、でも次ははずしはしないよ!!」
「二刀流か・・・」
さすがに不利になってしまい、俺は鞘から刀を抜いた。
「ようやく本気を出すのかい!」
だが、鞘から抜いた事で受けやすくはなったが、相手が二刀流というのがきつい。
一本で受けるには厳しい、それほどの腕を奴は持っている。
嵐のように迫り来る斬撃を体を逸らして避け、刀で受け、ひたすら反撃のチャンスを待つ。
しかし、半歩下がったところで背に何かが当たった。
「ちっ!!」
それは、木だった。
「終わりだよ!!」
後ろには逃げられない・・・。
奴の右の剣から繰り出される突きをしゃがんでかわし、続いてくるナイフの突きを刀で弾き上げる。
「なに?!」
「終わりだ」
そして、奴の腹に渾身の肘打ちを見舞った。
「がは!!」
「キャプテン!!」
奴はその場に倒れこんだ。
「勝負ありだ・・・引き返せ・・・」
刀を鞘にしまい歩き出そうとすると、呼び止められた。
「な、何で・・・斬らない?! あ、あたしが、女だからかい?!」
そう聞かれ、やれやれと肩を揺らす。
「なら聞くが、お前達は何故急所を狙わない?」
「え・・・」
「何故殺さない?」
そう聞くと海賊達は視線を落とし、俺から目をそらす。
「み、皆生きてるの?!」
「ああ、気絶してはいるが誰一人として死んではいない、海賊達が急所を狙わないからな」
「・・・・あたし達は・・・殺し屋じゃないんでね」
「俺も殺し屋じゃない」
「でも聖域を狙ってるんでしょ?!」
「あんたの言う聖域って所のお宝が欲しいだけさね、あんた達の命が欲しいわけじゃない」
「とにかく今は引き返す事だな、そんな状態じゃまともに戦えないだろう」
「・・・・あんたの言うとおりだね・・・引き返すよ・・・」
そういうと海賊達はけが人に肩を貸し、ゆっくり海へと戻っていく。
「・・・あんた、名前は?」
「俺か?」
「あんたしかいないだろ」
「・・・・・バルガディア・ルシフェル」
「・・・バルガ・・・・また助けられたね」
ラウスはバルガに聞こえないほど小さな声で言ってその場を去った。
「あ、あの、バルガディアさん?」
「バルガでいい、なんだ?」
「その、あの、助けていた、頂いたお礼をいたし、たし、いたしたいのですが」
・・・しゃべりにくそうだな・・・。
「無理に敬語など使わなくてもいい、何がいいたいか率直に話してくれ」
「じゃぁ、助けてくれたお礼したいから私の村に来て!」
落差が激しいな・・・。
エルフには無い性格の女だ。
「・・・・良いのか? 俺のような余所者が」
「いいの! 私、これでも長なんだからね!」
そういうと、もうそれ以降の弁論も聞かずに歩いていってしまった。
・・・とりあえずついていくことにしよう。
―――闇夜の森、エルフの村―――
「エルフィーレの奴・・・まだ戻ってこないのか・・・」
村では長である彼女が未だに戻らない事で騒ぎになっていた。
「まさか・・・殺されたんじゃ・・・」
「くそ!! 今すぐ出陣するぞ!!」
「うろたえるな馬鹿者ども!!!」
年老いたエルフが皆を静めている。
「あの娘なら大丈夫じゃ・・・年は若くとも長じゃ、自分の身くらい自分で守るであろう・・・」
「だが老師・・・・いくらなんでも遅すぎです」
「お主ら、我らの長くらい信用してやらんか」
「ですが・・・」
「お〜い! 森から誰か来るぞー!!」
「あ! 見えてきた!」
「ほぅ・・・案内役がいなければたどり着けないなこれは・・・」
そこは今まで歩いてきた薄暗い森とは違い、森の中とは思えないほど明るかった。
しかし本当に入り組んだ森だった。
まぁ海賊達は逃げるエルフを追ってたどり着くつもりだったのだろうな。
「ほら、早く行くよ!」
「待て、俺のような余所者が入ると」
またも最後まで話を聞かずに走っていってしまった。
「・・・・・何が起きても知らんぞ・・・」
「お〜〜い皆〜〜!」
「エルフィーレだ! エルフィーレが帰ってきたぞ〜!!」
村にいるエルフ全員が喜びの声を上げる。
「まったく心配をかけさせおって・・・」
「・・・・待て! エルフィーレの後ろに誰かいるぞ!!」
「人間だ! 人間が来たぞ!! 弓を構えろ!!!」
「ほらな・・・」
「ちょ、ちょっと皆! 弓を下ろしなさい!!」
「エルフィーレ、そこをどけ!」
反論も聞かないだろうな・・・エルフとはそういう種族だ。
「まったく・・・・だから言っただろう・・・」
「・・・こうなったら!」
彼女は俺の前に立ち、動かなくなった。
「・・・・・何の真似だ」
「私の命の恩人だもん、お礼するまで死なせないんだから!!」
・・・大した度胸だな。
「どけ!」
「私の話を聞いて!」
「聞くことなどない、人間をこの村に入れることは出来んぞエルフィーレ」
「私、いえ、私達の命の恩人でも?」
「・・・なんじゃと?」
年老いたエルフが近づいてくる。
俺の目を覗き込むように顔を近づけてきた。
「だから、私達の、命の、恩人なの!」
「・・・・森で倒れているお前達の仲間を助けてやる事だ、急所は外れているが出血多量で死ぬぞ」
「な、なんと! 皆の者! すぐ森にいる仲間を助けに行くのじゃ!!」
「しかし老師!」
「この者の目は嘘をついてはおらん、早く弓を降ろし、行け!」
「わ、解りました!」
エルフ達は弓を肩にかけ、森の中へ走っていった。
「私も行ってくる!」
エルフィーレも他の者達に続いて走っていく。
「いやはや、我らの長を守っていただきありがとうございます」
「いや・・・ただ通りすがっただけさ・・・」
「しかし恩義には恩義で答えねばなりませんな」
本で読んだから知ってはいたが・・・やはり礼儀正しい種族だな・・・。
「時にお主、名はなんと?」
「・・・・・・・」
「お〜いバルガ! あなたも手伝ってよ〜!」
森の方からエルフィーレの声が聞こえてきた。
多少、老エルフの顔が強張った。
「・・・バルガと申すのか」
「そうだ」
「・・・・・あとでゆっくり話そうぞ、『千人斬りのバルガ』よ・・・・」
「・・・・これで最後か?」
「うん! ありがとう、また助かっちゃった!」
また、か・・・・。
「・・・俺はもう行くぞ」
「え? なんでよ! 今日はもう遅いんだし夕食くらい食べていってよ!」
・・・・まったく・・・。
「わしからもお願いする」
「・・・解った」
「決まり! じゃぁすぐ支度するね!!」
そういうとさっさと行ってしまう。
「・・・・エルフにしては珍しい性格だな」
「あの娘は小さい頃に両親を亡くしておってな、それからは自由に育てていったのじゃが・・・あのような性格になってしもうたんじゃ」
なるほど・・・。
「・・一つ頼みがある」
「なんじゃ?」
俺は珍しく真剣な表情をしていたと思う。
「・・・・俺の名・・・「千人斬りのバルガ」と呼ぶのは控えてくれ」
「・・・承知した」
「俺はもう・・・人斬りはやめたんだ」
「ほぅ・・・なにやら訳ありのようじゃな」
「ああ・・・知りたければ話す」
「そうじゃの〜・・・夕食が終わってから話をきこうかの」
「解った・・・」
「エルフィーレと共に」
・・・・なんだと。
「何故だ」
「エルフの長として、世間を知らねばならぬ」
「現実を晒す必要はない」
「晒すわけではない、教えるだけじゃ」
・・・まぁ、世界を知るにはいい事になるだろうが・・・。
「・・・・・・解った」
「夕食まで少し時間があるじゃろ、少し村を見て回ってはいかがかな」
「そうさせてもらおう」
「では後ほど」
そういうと歩き出し、近くの家に入ってしまった。
ぼーっとしているわけにもいかないな・・・。
「エルフィーレ様、その人はどんなお方でしたの?」
厨房に入った途端に質問攻めだもんね・・・。
まったくやんなっちゃうよ。
「私達にもお話してください」
「そんな事はどうでもいいから食事の準備!」
まったくもう・・・夕食に間に合わないよ・・・。
「本で読んだことはあるが・・・・殆どその通りだな・・・」
俺は昔から人間以外の種族の生活や習慣を学ぶ事が好きだった。
王国にいた頃はよく王立図書館に行き読書にふけっていたものだ。
しかし・・・さっきから周りのエルフ達が妙な目線で見てくるな・・・。
まぁ当然なんだが・・・やはり気に食わん。
そういえばエルフ達の鎧はかなりいいと聞いたことがあるな。
鍛冶屋らしき家に行ってみた。
「すまん、鎧を見せてくれないか?」
「・・・いいよ」
どことなく態度に冷淡さを感じる。
・・・どうも嫌われているようだな。
近くにあった胸当てを手にとって見る。
「ん? かなり軽いな」
そんなに薄く柔らかいわけでもないが、とにかく軽い。
「これは何で作ったんだ?」
「・・・・それは・・・獣の皮だ」
「ほう、獣の皮でここまで堅くなるものなのか」
「・・・並の矢くらいなら止める」
「作り方は・・・教えてもらえないか」
「口で教えるのは無理だ」
「ふむ、エルフの鎧は物が良いと言うが本当だな」
「そ、そりゃどうも」
「人間が作る鎧は堅いが重いものばかりだ、軽くすれば堅さが失われる」
「・・・人間は鉄を使って鎧を作るんだろ?」
「ん? そうだが」
「鉄を使うと確かに防御に長けるけど動きもとりづらいしあんたが言ったように重い、俺達は堅い獣の皮なんかを薄くして何重にも重ねて強化するんだ、だから軽いんだ」
「なるほど、色々勉強になった、邪魔したな」
「いいっていいって」
鍛冶屋を出るとそこには野次馬が数人いた。
見回すとすぐに散っていったが・・・。
「・・・そんなに人間が珍しいか・・・」
「いや、皆恐れているのじゃよ」
何時の間にかすぐ横にあの老エルフがいた。
「お主を信用していない者達の方が多いのじゃ」
「・・・当然だろう」
「さて、そろそろ夕食じゃ、行くぞ」
杖をつきながらよたよたと歩き出し、それについて行く。
すると先ほど老エルフが入っていった木製の家に着いた。
「わしとエルフィーレは二人で暮らしておるのじゃ」
「あ、おじいちゃんお帰り! バルガはいらっしゃいだね!」
家の中は暖かく、それなりに広い。
「夕食の支度、出来てるからね! 早く食べよう!」
・・・心なしか、数人に監視されているような気がするのは気のせいか・・・。
「ほう、お主エルフの礼儀作法などどこで覚えたのじゃ」
「王国にあった本で学んだ」
「すごーい、王国には何でもあるんだね!」
エルフ達はとにかく礼儀作法に五月蝿い種族と言われている。
特に食事の時が一番五月蝿いらしい。
食べ方一つ間違えると冷ややかな目で見られるとか・・・。
「ねぇバルガ、美味しい?」
「ん? あぁ、美味いな」
「良かったー!」
「最近まともな食事をしていなかったからありがたい」
「ホッホ、エルフィーレは武術を学んでいた分料理は他の者に劣っているのじゃがな」
「あ! おじいちゃんひどい!」
「ホッホッホ、してバルガよ、そろそろお主が旅をしている理由を教えてはくれぬか」
「私も聞きたいな」
「・・・・決して良い話ではないぞ」
「そうなの?」
「そうじゃろうな、何せこの男、以前は千人斬りのバルガと呼ばれ恐れられていた王国剣士団の団長なのじゃからな」
ひどくからかうような言い方でそう言った。
俺は少し不快な気分になったが、別にどうというほどのものでもなかった。
この老人が言っているのは、紛れも無く事実だからだ。
「せ、千人斬り!?」
目を見開いて驚いてみせるエルフィーレ。
まぁ世間を知らない者には大きすぎるショックだったかも知れないな。
「昔の話だ」
「その王国剣士団長が何故このようなところに来たのか、殺しの仕事で無いのなら何故・・・」
「・・・・今からもう7年も前になるか・・・」
―――7年前、ルードガル王国、王都ミナステリス、ブルム城、王の間―――
「バルガよ、西にあるリオン村が我に対し反逆を民にほのめかしているようだ、三百ほどの剣士をつれ、皆殺しにしてまいれ」
「な・・・国王! 気は確かですか?! あの村は唯一」
「黙れ! これは命令であるぞ!!」
「く・・・・承知しました・・・・」
その頃、俺はルードガル王の命令によりいくつかの村を潰していた。
既に潰した村は四つにもおよび、死者は数百。
王が狂っていると解っていても、命令に背く事は出来なかった。
背けば俺の王国の兵士全員が俺の首を狙うからだ・・・。
自分の命を守るために、数百の人間の命が失われている。
それでも俺は生きていたいと思っていたのさ。
まだまだ、人の命の重みを知らなさすぎた。
廊下を歩いていると一人の男が話し掛けてきた。
「大変だなバルガ」
「ハロルド・・・」
ハロルドとは俺の戦友で王国騎兵団の団長。
騎兵団は実は王国では弱い方に部類し、王直属の命令を受ける事は無かった。
「また村を潰しに行くのか」
「ああ・・・」
「そうか・・・すまねぇな、力になれなくてよ」
「いや、そんなことは・・・」
「気をつけていってこいよ」
「ああ・・・」
ハロルドは俺よりも少し年上で物事を色々と知っていた。
俺の気持ちさえも解っているかのように、俺が生きていくために殺しをしていることについては何も言わなかった。
何かを言えば俺が傷つくことを、ハロルドは知っていたからだ。
出陣前、城門前でしたくを終えたところに一人の女が城から走ってきた。
「バルガ!」
「エミィ」
エミィとは王国弓兵団の団長。
彼女も王からの命令を受け、何度か出陣している。
「また・・・民を殺しに行くんですね・・・」
「ああ」
「どうして・・・どうして抗議しないのですか! 貴方だってこの事態を解っているのでしょう?!」
彼女も俺と同じことをしているだけに、俺と同じ気持ちだったのだ。
だが、彼女は俺よりも正義感が強かったために、何度か王に抗議を行ったが、全て無意味
な物に終わっていた。
「解っている・・・・・だがどうしようもないんだ」
「貴方程の男なら何か手立てがあるはずです!」
自分が何も出来ないために俺にそう言ってくる。
彼女の気持ちも解る、だがその頃の俺はとにかく生きていたかったんだ。
「王に逆らえば俺が殺される! 俺が育てた剣士団が全員、全員が俺を殺しに来るんだぞ!! お前も俺の剣士団がどれほど強いか知っているだろう!」
「知っています・・・王に逆らえばどうなるかも知っています! でもこのままでは!」
「考えてもみろ、俺一人居なくなったとしても次がいる・・・副団長がな、あいつが団長になる、結局殺戮は止まらない、俺が剣士団に今更何を言おうとも止まる事はない」
「何故!」
「答えてやろう、既に剣士団は俺の制御出来るところにはいない、王の私物となってしまった・・・」
「そんな・・・」
「仮に俺が反逆を起こし、王を殺すとしよう、次は参謀のあの男が王になる、俺はその時点で既に死んでいるだろう、するとどうなる? 今は王を動かしているあの男が今度は国を意のままに動かせるようになるんだぞ!!」
参謀とはグレイ・スティンガーという男で非常に頭が切れるが野心家、国を我が物にしようとしていた。
「だからと言って・・・何もしないのは・・・」
「何もしないのではない、何も出来ないのだ・・・解ってくれ」
「バルガ・・・」
何もいえなくなってしまったエミィは城に戻っていった。
確かに俺には何も出来なかった。
力も無かった。
王の命令に背く事は・・・出来なかった・・・。
―――王都から西、リオン村―――
「きゃーー!!」
「剣士団が来たぞ!! に、逃げろーーー!!!」
もう聞き飽きた。
民衆の悲鳴、断末魔、泣き声・・・。
ここ数日民の笑い声さえ聞いていない。
たった百人程度の規模の村に、三百人の剣士団(総剣士団の兵員は二千人)を率いて殺戮を繰り返す・・・。
「・・・・・・・」
正直、俺は途方に暮れている状態だった。
向かってくる人間は片っ端から斬っていった。
俺の歩いたところには・・・血と死体しか残っていなかったかな・・・。
「団長? どうしたんですかぼーっとして」
「・・・・俺は・・・・俺達は、正しい事をしているのか?」
「国王の命令です」
「命令そのものが正しいのか、正しくないのかと聞いているんだ!」
「王の命令は全て正しいのです」
「お前は何を言っているんだ! 何の罪も無い民衆を殺しているんだぞ!! 何が正しいだ!!」
「うわあああぁぁぁ!!」
武器を持った農夫が決死の覚悟で突撃してきた。
「・・・・もう・・・・俺に・・・」
武器とは言ってもただのつるはしだ。
正直武器とは言えない。
上段からの一撃を避け、腹を切り裂く。
「ぐふぁ!!」
農夫は大量の血を吐き、倒れた。
「・・・もう・・・・俺に・・・・・・」
「やああああぁぁぁ!!!」
またか、と俺は思ったが、今度は15、16歳の女の子だった。
ナイフで刺そうとしてきたが、刀で弾く。
なすすべの無くなった少女はその場に座り込んでしまった。
「く・・・!」
「・・・・・・・」
「団長、殺す事が我々の仕事です」
「・・・うおおおああぁぁぁ!!」
上段に構え首を切り落とそうとした。
が、その時の彼女の目がやけに寂しそうに見え、その奥には激しい憎悪を感じ取った。
不意に、刀をすんでのところで止めた。
「・・・え?」
「団長、何をしているのですか」
「・・・もう、俺に」
俺は刀を下ろした。
体の内からあふれ出る感情を抑え切れなかった。
「もう俺に殺させるな!!!!!」
俺の心からの叫びだった。
この少女だけは逃がす、そう心の中で思っていた。
「これを持って早く逃げろ」
彼女に腰にあった小太刀を差し出した。
「え・・でも・・・」
「早くしろ、生きるためには必要な物だ」
それ以上彼女は何も言わず小太刀を握り締め、走り去った。
「な、逃げたぞ! 追え!!!」
俺は彼女を追おうとする団員達の前に立ちはだかり、刀を突きつけた。
「だ、団長、何を・・・」
「ここを通ろうとする者は俺が斬る」
動きの止まった剣士達に業を煮やした副団長が一括する。
「何をしている、早く行け!」
「副団長・・・」
「団長にそんな事が出来るはずが無い! 追え!!」
副団長の怒号に押され走り出したが、俺は先頭の団員の首を本気で切り落とそうとした。
「うわ!」
団員も素人ではない。
己の剣で受けるが、予測していなかった出来事に足元をすくわれ、倒れた。
「・・・俺は本気だぞ」
倒れた団員の首に刀を当て、そう言った。
「団長・・・反逆と取りますぞ」
「勝手にしろ、もうこの村は壊滅した、引き上げる」
―――王都ミネステリス、ブルム城、王の間―――
「ご苦労であった、下がってよい」
「国王・・・これ以上無駄な殺戮を繰り返すというのなら俺は団長を降りる!」
「勝手にするがよい、わしは止めん」
「失礼する」
俺は完全に頭に血が上っていた。
この先何が起ころうと知ったことではないと、半ばこの世の全てに落胆していたような感じだ。
そんな時だった。
王の間を出ようとした時、兵士が一人飛び込んできた。
「し、失礼します!!」
「何事か、騒がしい」
「え、エルフの長と名乗る者が同盟を結びたいと言って・・」
「エルフ・・・」
同盟を結びに来る事は当時珍しい事だった。
最近でも少ないが・・・。
「通せ、話を聞こう」
俺は一度出ようと思ったが、思いとどまった。
その頃から既に他種族に興味を持っていたからだ。
「失礼いたします」
エルフの長と名乗る者、現にエルフだったが二人いた。
男女一名ずつ。
「うむ、同盟を結びたいとな」
「はい」
「そちらの意見を聞こうか」
「最近このあたりでは争いが絶えないと聞いています、私の村の方にも近づいているため、皆の安全のために同盟を結びたいのです、これでどうか・・」
何かの箱と袋を差し出した。
恐らく手付け金だろう。
相当な量の金が入っていると思われた。
だが、
「・・・この程度で同盟を結ぼうというのか!!」
国王の代わりに隣にいたグレイが怒号を放つ。
「な、それは村の全財産です! 足りない筈が無い!」
「黙れ! これは王に対する侮辱だ!! 誰かこの者達を殺せぃ!!」
周りの兵士達が一斉に剣を抜いた。
「貴様! 血迷ったか!!」
「バルガ、貴様はもう剣士団長ではないのだ、黙っておれ」
「あ、あなた・・・」
「く・・・エルウィン逃げるぞ!!」
二人は王の間を走って逃げていった。
「追え! 弓兵団を門前に待機させろ!! 騎兵団は門の左右を挟むようにして待機! 奴らが来たら一斉に突撃だ!!! 剣士団は奴らを追え!! 四角殺陣だ!」
スティンガーが叫ぶ。
四角殺陣、確実に相手を殺すために作られた四角形の陣で今まで破られた事が無い。
敵の逃げ道を防ぐように弓兵と剣士を配置し、残りの二方向から騎兵団を突っ込ませるという、包囲網にしては完璧すぎるものだ。
俺も彼らを追った。
王都から逃がすために・・・。
―――王都ミナステリス、ブルム城、門前広場―――
俺が追いついた時には既に二人は囲まれていた。
「く・・・これまでか・・・」
「あなた・・・」
正直俺にも打開策は殆ど無かった。
だがあの二人だけは、俺の命に代えても守ろうと思った。
陣の中心、つまり二人のもとへ歩いていく。
「団長!」
「バルガ・・・」
ハロルドは複雑な顔をしていた。
皆俺がその二人を殺すのだろうと考えたはずだ。
「バルガよ、その二人を殺せば剣士団に戻してやってもよいぞ」
グレイが笑いながらそう言った。
だがその時の俺にはその男の声など、羽虫の羽音以下の物にしか聞こえなかった。
「・・・・誰が貴様の命令など聞くか!」
「何!」
俺は二人のもとにたどり着き、刀を抜いて振り返った。
「いいか、抜け出せるとしたら勝負は一瞬、第一次一斉掃射が終わった後、第二次一斉掃射に入るまで少し時間が掛かる、その一瞬で弓兵団を抜けろ」
「き、君は一体」
「ただの元剣士さ、剣士団は俺が止める、第一次一斉掃射で死んではならん!」
結果は殆ど見えていた。
相手は三十人程の剣士団、五十の騎兵団が二部隊に分かれている、門前には十五の弓兵団。
こちらは三人。
俺は剣士団に突撃し、二人は弓兵団に突撃していった。
「放っては駄目! バルガがいるの!!」
エミィの静止も聞かずに弓兵達は矢を放った。
「ぐぅ!」
俺は左肩に矢を受けたが構わず剣士団と戦った。
二人も第一次掃射では死ななかったようだが・・・戦えるような状態ではなかった。
「今だ! 走れ!!」
二人は走った。
弓兵団の合間を縫って抜けた、そう思ったが・・・甘かった。
「・・・くそ・・・」
弓兵達はすぐさま後ろを向き、二秒もしない内に矢を放った。
われながら馬鹿だと思ったが、よく訓練された弓兵だなぁと少し関心もしていた。
「・・・・・くそぉ!!」
俺は振り向き、門に向かって走り始めた。
「バルガ! 待って!!」
エミィの目の前を横切ったが、止まらずに走った。
「いかせてやれい、どうせ野垂れ死にするだけだ」
「あの野郎・・・いっちまいやがった・・・」
「バルガ・・・・・・」
その後七年間は傷を癒し、ふらふらと生きていた。
―――闇夜の森、エルフの村、エルフィーレの家―――
「・・・今話したのが、俺が今ここにいる理由だ」
「そんな事が・・」
「・・・7年前の事か・・・わしも覚えておるよ・・・」
「何?」
「7年前、王都に行き帰らぬ人となったエルフは・・・エルフィーレの両親じゃ・・・」
「な・・・」
「もちろんエルフィーレも知っておる・・・」
「・・・すまなかった、守りきれなかった・・・」
「バルガのせいじゃないよ」
平静を装ってはいるが、どこと無く悲しげな表情をエルフィーレは作っている。
「その通りじゃ、お主は決死で守ろうとしてくれたのじゃ」
「・・・・・・・」
本当は生きてここに返してやりたかった、と言おうと思ったが、既にそんなことを言っても何の役にも立たない、と思いとどまった。
「もう外は真っ暗じゃ、そろそろ寝るが良かろう」
「そうだね、バルガには悪いんだけど・・・そこで寝るしかないみたい・・・」
そこ、と彼女が指差した場所は暖炉のすぐ横だった。
「・・・泊まらせてもらう身だ、眠れるのなら何処でもいい」
俺の過去を話したせいか・・・あの時の瞬間を夢に見た。
矢を何本も背中に受け、倒れた二人のエルフ。
あの瞬間だけは・・・もう二度と見たくは無かったのだがな・・・。
「・・・目が冴えてしまったな・・・」
音をたてないよう、慎重に外に出た。
外はそれなりに明るかった。
「・・・・エミィ・・・ハロルド・・・一体王都は今どうなっているのだ・・・」
空に聞いても答えは返ってこなかった。
我ながら馬鹿な事をしたと思う。
「もう起きておったか」
不意に後ろから話し掛けられた。
老師だった。
「・・・お前達にあの話をしたせいか、夢に出た」
「そうか・・・辛い事を思い出させてしまったようじゃな・・・」
「いいさ、過去など消せるものではない」
「・・・・すまん」
「ん?」
「わしは最初、お主をただの殺人鬼じゃと思い込んでおった・・・それ故正直に言うとすぐに追い返すつもりじゃったが、そうではなかったな・・・それにあの娘の嬉しそうな顔を見てしまってはな・・・」
「嬉しそう?」
「あの娘は外の世界を殆ど知らん、故に客人も初めてなんじゃ、それが嬉しいのじゃろ、何時にもまして生き生きしておった」
「そうか・・・」
そこで老師の表情が少し真剣になった。
「・・・・エルフィーレが起きる前にここを出てはくれんか?」
「・・・・・別に構わないが、理由を聞こう」
なんとなく理由は解っていたが、一応聞いてみたのだ。
「あの娘が起きてお主がここを出て行くと知ればきっと付いていくと言い出すと思うのじゃ・・・じゃが・・・あの娘はエルフの長じゃ・・・なるべくここを離れさせたくは無い」
当然の答え。
俺は驚きもせず、簡単に流した。
「解った、すぐに荷物をまとめて出て行くとしよう」
「すまんのう・・・」
「気にしないでくれ、元々俺はただの流浪人なのだからな」
日が出る頃、村を出る準備も完了し、見送りは老師一人。
「世話になったな」
「何、ただの一夜だけじゃ・・・礼を言いたいのはこっちの方じゃ」
「おーい! ちょっと待ってくれ!!」
なにやらエルフが走ってくる。
「お前は確か・・・鍛冶屋の」
「そうさ、昨日徹夜でこれを作ったんだ、良かったら使ってくれ!」
それは獣の皮で作り、見事な柄が塗装されている二つの篭手だった。
「ほぅ・・・凄いな」
「大きさが合うかどうか少し自信が無いが、付けてみてくれないか?」
片腕ずつ付けるとぴったりだった。
「・・・凄いな、いつサイズを測ったんだ?」
「へへ、俺は一度見た者のサイズは殆ど覚えてしまうんだ」
軽く叩いてみる。
「どうだ?」
「・・・軽いし堅いな、すまないな徹夜までさせてしまって」
「いいって事よ、俺はあんたのこと気に入ったからな」
「・・・ありがたく貰っていく」
「おう!」
「ホッホ、こやつが人間を気に入るとはな」
「・・・・それじゃ、俺は行くぞ」
「うむ、道中気を付けて進むが良い」
「また機会があったら来てくれよ」
「ああ、約束しよう」
「行ったか・・・」
正直なところ、バルガ殿に黙って行かせた事はエルフィーレに悪いと感じておった。
じゃが、これで良かったのじゃ・・・。
「さぁエルフィーレや、朝食の支度をしてくれんかの」
エルフィーレの部屋を覗くとそこには誰もいなかった。
「エルフィーレ?」
ベッドの上に手紙があった。
「・・・・なんじゃと!?」
「ようやく森を抜けたか・・・」
薄暗い森を歩いていたためか、目に刺さる太陽光が痛い・・・。
辺りは見渡す限りの平野。
「・・・・行くか」
「何処に?」
・・・・ん?
ふと後ろを見てみると岩に座っているエルフィーレがいた。
「・・・何故ここにいる」
「私も外の世界を見てみたいの、何にも言わないで出て行くなんて水臭いんだから!」
何処が・・・。
「老師に頼まれた事だ・・・今ごろ村は大変だぞ」
「そんな事だろうと思った! おじいちゃんいっつも私が出て行かないように気を付けてるのよ」
「お前は長だろ・・・」
「長だからこそ! 色んな事を知って、何をすべきかを知りたいの!」
「・・・・どうなっても知らんぞ・・・・」
村は大騒ぎもいいところだった。
全てのエルフが老師の家に押しかけてエルフィーレのことを聞いていく。
「老師! エルフィーレが村を出たというのは本当か?!」
「本当じゃ・・・村のもんに探させたが・・・既に森を出たらしい・・・」
「すぐに引止めに行こう!!」
「無駄じゃ・・・あの娘は帰ってこんよ・・・これを読め」
村の皆へ
突然いなくなっちゃってごめんね
村の長なんだからこんな事しちゃ
いけないって解ってるんだけど・・
それでも私、外を見てみたいの
バルガと一緒に世界を見てみたいの
必ず帰ってくるからね
エルフィーレより
「なんて馬鹿な事を・・・」
「なーに、バルガ殿が一緒じゃ、心配いらんわい」
「あんな余所者を当てにする事など出来ません!!」
「例え余所者だろうとも、もう彼に任せるしかないのじゃ・・」
無事に・・・帰ってくればいいがのぅ・・・。
第一章
完