この世には関わらない方が良いものが3つある。
一つは国家の陰謀。
一つは人智を超えたもの共の世界。
そして最後の一つ。
それは愚かなまでに真摯な人の善意である。
ー リオ・シングタード 「冷徹的人格論 帝暦35年」 ー
さて、突然ですが問題です。
この世で月を見ると変身する化け物はなんでしょう?
え? 猫じゃありませんよ。 勿論犬でもありません。 正解はーーーーーー
ガキィィィィィィッ!
直後俺に襲いかかってきた、人体を紙の如く貫通するそいつの抜き手を
横から飛び出た至銀……1kg当たり金の4倍(時価)の価値のミスリルで造られた長剣が弾き飛ばす!
「リオン! 何ぼーっとしている!」
紅いものが俺の視界をふさぐ。髪だ。
そしてその詐欺的に高価な至銀の長剣を使ってる人間……それもとびっきりの美人が、俺を可愛い顔とは裏腹のきつい声で叱責する。
彼女の名前はアニタ。 アニタレスト・ヘル・スター ニア。
我等が祖国、「帝国」たる聖アタウアルの重鎮であるスターニア侯爵家のご令嬢だ。
そして、何故そのご令嬢が俺みたいな末端貴族と一緒に戦っているかというと……とりあえず後回しだ。
ウォォォォォォォォォォォォッッッッッ!
咆哮。直後俺達の目の前に、追いつめられて辛抱できなくなった満身創痍の「そいつ」があらわれる。
一見、獣にみえるそいつはしかし二足歩行だ。大きく避けた顎。そしてその猛悪な顎からは、幾本もの湾曲した牙が並び。茶色がかった黒い剛毛に包まれたその体は、筋肉の束の様な太い二本の「腕」と足をもっている。
そう、こいつは人狼。 時にワーウルフとも呼ばれるこいつらは、数ある化け物の中でもそれなりの強さを持つ。
何せ、銀製の武器か魔法でないと絶対に絶命しないという特徴を持っていやがるからな!
しかもそれに加えて、奴らはその人間離れした筋力からうみだされる怪力と脚力を誇る。
今まで発見された固体には、なんと時速500kmという詐欺くさい速度を叩きだした奴もいる。
そんな化け物である奴らの前には並の人間など、ただ捕食されるだけの哀れな食料でしかない。
だが、並の人間ではない俺達の前では奴らも獲物でしかない!
奴が現れた瞬間、散開してた俺とアニタレストは交互から奴を夾撃!
アニタの至銀の長剣が、俺が奴の右真横から突きだしたラムダンク魔銀合金の大剣が、奴を両断しようと襲いかかる!
それに対して奴は後ろに倒れる様にのけぞって致命傷を避ける。
目標を見失った俺達の剣が重なり合い、火花を散らす。一瞬その衝撃でアニタレストも俺も体勢を崩す。
瞬間、奴の両眼が見開かれ発光。
俺達が体勢を崩したのを最後の勝機とみた奴は、腹筋と背筋の力で跳ね起きるとその湾曲した爪をアニタレストの可憐な首と、俺の胸板向かって勢いよく突きだす!
だが、その一撃を予期していた俺はアニタレストの襟首を掴んで後ろに跳躍して回避。
俺の、魔術強化された脚部の筋力が慣性のエネルギーをほぼ完璧に殺して着地し砂埃がたちのぼる。
狼狽する奴に、俺達がしかけた罠が発動。火炎八式咒法「火焔踊葬」による紅蓮の炎が奴を包み込んで大気を燃やす!
瞬時に発生した、千度を超える緋色と橙色の炎が奴の表皮を、肉を、骨を焼き血液を沸騰させる。
即座に奴は消火の為地面を転げ回るが、無駄。 「火焔踊葬」による炎は周囲の大気を使いつくさない限り決して消えない。
絶叫する奴。 だが、その断末魔の声も長くは続かない。突如飛来した法魔杖が泣きわめく奴の頭部を貫通、完璧に脳組織を破壊したからだ。
さしもの狼男も紅蓮の炎で身を焼かれ、その上に脳内を至銀の先端を持つ法魔杖に破壊されては死ぬしかない。
それでも 奴は驚異的な生命力でしばらく蠢いていたが、やがて力を失い紅蓮の炎の中に消えていった。
その後法魔杖が奴の存在を情報体に分解、数式化された奴の情報が法魔杖の宝玉に吸い込まれていく。法魔杖の<捕食>だ。
その後、法魔杖の持ち主であり先程の「火焔踊葬」を放った高位攻勢導師たる相棒のライプが闇夜から舞い降りる。
それとほぼ同時に法魔杖の<捕食>が終了し、水晶を打ち合わせた様な高い音を立てる。
それが戦闘の終幕を知らせる小さなゴングの音となった。
「ふむ。 狼男ならこんなものか。 もっと試作中の破壊術式を試行してみたかったのだがね。」
「 ライブ。 お前の、熱狂的破壊主義でつまった脳みそなら仕方ない事かもしれないが、
この間、違法の破壊咒式を連続して繰りだした所為で捕まりかかったのを忘れたのか?」
「心配するなリオン。 今研究している、有害ガスを産み出す咒法なら刃向かうもの全て効率良く皆殺しにできる。」
ライブの言葉に俺が答え、更にライブが見当違いの応えを返してくれる。
まともに話しているとこちらの頭が逝ってしまうので適当に見切りをつけて溜め息を吐く俺。
なに、いつもの事だ。 …何時もと違うのはーーーー
「リオン! 貴方一体何をするんだ、それでも末席とはいえ貴族の血族の一員なのか! 全くこれだから何時までたっても花嫁がーーーー」
そう。 俺が襟をつかんだ事に今だ抗議するアニタレスト。こいつだけが何時もと違う事だ。
最初は抗議だったのが今は俺が嫁をもらえない理由にまで発展している。余計なお世話だこのヤロウ。
というかこいつは俺の事を騎士か何かと間違えてないか? いや、間違えてるに違いない。
この際帰ったら、 真性変質者で疫病神の腐れヴィーズに経費水増し請求してやる。 …愛と正義の偽造領収書で。
…今夜も月が綺麗で良い夜だ。仕事終わりの夜としては、悪くない。
俺は俺の愛剣<プロフェット>を拘束鞘にしまった。
まるで天国で天使が黒い墨をこぼしたかの様な漆黒の空の中、ただ月だけがぼんやりと優しい光を放っていた。
........to be continued