───さぁ、役者は揃った。夜の宴を創めよう。

 

 

 

閑話─人形斬

 私は生まれたときから背中に背負っているものがあった。親の期待だとかそういう「物」では無いものでは無く、しっかりと自分の背中に張り付いて取れないもの。兄弟は誰も持ってなかった。只一人伯母は私と同じものを背負っていた。それは別に禍々しい物でもなく、伯母も私と同じ仕事をしてある程度名声(裏社会ではの話だが)を得た人だったし、それの御陰で私の家系は代々裕福な家だった。ちなみに伯母についていたのは「鹿」。私についているのは「蛇」。私の家のルートをたどるとある尼に辿り着く。彼女は世間的には尼と呼ぶには多少難のある仕事を生業としていた。

殺し屋。

 その尼は自身である物を完成させた。それは人を殺すためだけに作られたものだった。彼女はそれを全身に刻み込みなおかつ自分の先祖に受け継がせる呪いをかけた。そして約一世紀に一人か二人の周期で体の一部に「それ」を背負った人間が生まれる。「それ」とは従者であり主人の忠実な僕。彼らは主人の背中に刺青となって普段は待機しているが、主人が命じれば出てくる。人語も操れれば思考回路も存在する。怪我をしても背中に戻ればその傷は癒える。その能力を使って私の家系は代々殺し屋としての役割を果していた。当然、私も幾度と無く人を殺し、幾度と無く殺されかけた。伯母は能力者というのを世間に隠して生きていたため能力者が行かなくてはいけない学校も言っていないし、削除屋としても活動していなかった。彼女はもう現役を退き、今働いているのは私だけと言う事になる。

 その日も私の背中の従者を使って仕事を片付けていた。私の場合は「蛇」だったから仕事は楽だった。物によっては具現化も出来なければ何も意味を成さない刺青を背負って生まれてくる人も居たからだ。
 私の従者の名前は澪(レイ)。彼女だ。当然彼女は人間以上の能力を持っていて一般人を殺すのは赤子の手を捻るより容易いのだが、当然殺される側と言うのはある程度世間から白い目で見られている人間が殆どだ。彼らも自分が暗殺されるんじゃないかぐらいの思考能力は働いている。大半の場合彼らは同じような生業の人間を雇う。用心棒か、ボディーガードのような存在を。もちろんそういう場合でも澪は相手を殺して帰ってくるが時々怪我をしている時もある。その日も澪一人を仕事に行かせて私は路上で澪を待っていた。

「マスター。」
「おかえりなさい。どうだったの?」

 澪が帰ってきたのはターゲットの居る建物に入ってから30分経ってからからだった。

「任務は完了しましたが右足を左手首を負傷したようです。右足はアキレス腱を切られました。左手首はガードをしたときに痛めたようです。」
「解ったわ。ご苦労様、じゃぁ戻ってもらいましょうか。こっちにきて。」

 そういって私たちは裏路地に入る。澪が私の背中に戻るには直に私の背中の皮膚に触る必要がある。そして戻ると刺青は背中一杯に入り、首の付け根の辺りまでになるのだ。肌を全く見せない理由はそこにある。女性で背中一杯に刺青がある人間は当然目立つし、いくら裏家業だと言っても知っている人間は知っている。顔は知らずとも刺青を見られれば狙われる事もある。
 裏路地に入り私はスーツを脱いで今はまっさらな背中を澪に向ける。そして澪が触れると澪が消えて少しずつ私の背中に蛇の刺青が浮き上がってくる。当然澪を連れたまま家まで帰ってもいいのだが所々傷がついていたりすると当然人の目をひきつける結果になるし、生身の人間では無いといっても無理をさせると次回の仕事に響いてくる。家に帰るとすぐにベッドの中にもぐりこむ。澪を回復させるのは私自身が身体を休めるのが一番だと伯母から聞いた。眠りについてから少し経つとどこかで私の携帯がなっている。あの携帯にかかってくるのはキルスからか他の能力者からだけだ。後で電話すればいいという結論を勝手に導いて又眠りに落ちた。
 起きたのはもう日も沈まんとしていた夕方と夜の狭間。水を飲んで喉の渇きを癒す。鏡の前に立ち一応身だしなみを確認する。スーツのまま寝たため所どころに皺が見られるがたいした皺でもない。
 眠る直前に電話がかかってきたのを思い出す。

  着信アリ。東狩人

 珍しい。基本的にこの街に住んでいる能力者の信頼感は希薄なほうだ。まぁ他の街の能力者がどのような生活をしていて、同業者に信頼感を寄せているかはいまだ聞いたことも無ければ知りたいと思ったことも無いので調べたことも無いが。

 あちらからコンタクトを取ってきた以上何か用事があるのだろう。用もなく電話してくるような間柄でもない。 
 プルル。プルル。
 呼び出し音5つ目で東が出た。
 用件は仕事の事らしい。6時に駅前のモスバーガーに待ち合わせになった。受話器の向こうから殺郭の声がしたから殺郭と東で来るのだろうか。何はともあれ今でないと遅刻してしまう。個人的には時間には無頓着なのだが、殺郭は30分でも遅刻すると顔をじっとしかめっ面で見つめてくる。
 まぁ、彼の表情は常時しかめっ面みたいなものだから慣れればどうってことは無いのだが。

 家をでてモスへ最短距離で行ける道を考える。結果、西口の廃ビル前を通って行くのが早いという事に気付いた。変質者が多いという話だけど、まぁ何もこの肌寒くなってきた季節に素肌を晒そうなんていう壊れた人間もそういないだろう。
 薄暗い裏道を一人進む。ふいに背後に気配を感じて振り返る。するとそこには先日見た能力者の男が佇んでいた。

「こんばんは。貴方が最近此処によく出没する露出狂の方だったのかしら?」
 男は何も答えない。何を見ているのか解らない目でこっちを見つめるだけ。
「用が無いのなら先に行かせて貰いたいのだけど?もう既に15分知り合いとの待ち合わせに遅刻しているのよ。」
「関係ない。お前のほかにこの町に能力者は何人居る。」
「関係ない。ふふ。答える義務が無いもの。」
「そうか、なら力ずくでも教えてもらおう。」

 男が私に向かって突進してくる。距離は約10メートル。こうなったら抱きつかれたところを首の骨でも折って殺してしまおう。私の目の前と言うところで男が炎に包まれた。
 とっさに横に転げて何とか接触を防ぐ。

「なるほど。貴方は炎を操れるのね。」
「避けるだけか。いつかは捕まるぞ。」
「そうね、じゃぁ──。」

 とっさに私は廃ビルに走り込んでいた。後方から炎が迫る。大きなホールを突っ切って階段を駆け上がる。

(澪。出てこれる?)
(出れる事は出れますが足手まといになるかと。)

「チッ」 自然としたうちが出る。携帯を取り出し殺郭に電話をかける。携帯を耳に当てた瞬間炎が矢状になって足元に突き刺さる。遊著に殺郭とおしゃべりしている時間はなさそうだ。電話も切らずに階段を全力疾走する。受話器から殺郭が遅刻を咎める様な言葉を発しているがこっちはそれどころじゃない。8階のホールに出て男の視界から逃れられるように隠れる。

「もしもし?殺郭。聞こえてる?」

 そして殺郭に事のあらすじを話した。今追われていること。そいつが能力者だということ。そして殺郭はそいつが今回の獲物だといった。一通り話を済ませると外のほうからサイレンが聞こえてビルの前で止まる。男が火を多様したことによって所どころが小火になっていたようだ。殺郭に迎えに来るようにという旨を伝え自力で外にでる。そうすると消防隊員の人が毛布を手渡してくれた。別に寒い訳ではないのだが。

 少し経つと殺郭がきた。事のあらすじを一通り整理して私は交番に事情聴取のために殺郭と別れた。


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