───さぁ、役者は揃った。夜の宴を創めよう。

 

 

 

 

(5)

 5時になった。公園には部活から帰ってくる小学生や子供を連れて遊びに来ている親子などでにぎわっている。その公園の目立たない一角に僕たちの集合場所はある。ベンチに座ってタバコを吹かしている男が一人いる。それが東だ。事情により高校を中退した後はこうやってどこかでタバコを銜えているか家で寝ているかどちらかだ。両親は遠い昔に他界していて、今は自分の能力を活かした探偵紛いのことをやって生計を成り立たせている。

「──よう。」

「おう。遅かったな。一応人形にも電話しておいたけど捉まらなかった。お取り込み中なんじゃないか。一応伝言残してあるからまぁ、そのうち電話かかってくるだろ。そしたら又そっちに電話してやる。なんだ?不満そうな顔して。別にアイツから電話来てもお前に電話しなきゃ済む事だ。そっちのほうがいいか?」

「いや・・・。ありがとう。問題ない。この際多いほうが良い。説明始めるぞ。」

「宜しく。ちょっと待て、新しいタバコに火付けるから。」

 東の点けたタバコから煙が上がる。煙が空に上がっていって空気中に拡散する。何時見ても不思議な光景。時々タバコの煙は人間を想像させる。誰かに吸われ、用無しとばかりに空中に捨てられる。人間は社会に捨てられる。只それだけの事。

「一本くれないか。」別に吸った事は無い。
只、何かを無碍に吐き捨てる事はどんな気持ちか知りたかった。

「え?お前吸ってたっけ?」「いや、吸ってないよ。ちょっと試してみるだけだ。」本心とは別のことが口先から出てくる。

「ふーん・・・ま、いいけど。はい。」

半分潰れたソフトパックの中から一本タバコを取り出して僕に手渡す。

「ライターは?当然もって無いか。はい、大切に扱ってくれよ、ビンテージ物なんだからな。」

 東はそういって僕にいかにも古いジッポを手渡した。物に余り執着が無い東が大切にしろと言うのがわかる。古く、所々しみのような物も点在しているのに、何故か手に持つと新しく感じ、しっくりと手になじむ。火をつけてタバコに灯す。白い煙が上がる。吸い込んで肺に取り込んでみる。まずい。苦いような、辛いような、息が苦しくなるような感じがするにもかかわらず、悪くない気分になる。

「ふーん・・・タバコってこういう味がするのか。」

「どう?初体験の味は、これから吸ってもいいけど余り吸うなよ、お前は俺みたいな検索型じゃないんだから、戦闘型が戦いの途中で息が切れたらみっともないよ。」

「わかってる。これっきり吸わないだろ。仕事の話、していいか。」

「はいはい、どうぞ。大人しく聞いてるから、ちゃっちゃと済ませてくれ。本業のほうがまだ残ってるんだ。いわば残業だな残業。」

「今回のターゲットは突発型の能力者だと思う。まだキルスの方から何の資料も貰ってないからなんともいえないけど、しかも不運なのか運がいいのかまだ狂って無い。理性が残ってなおかつ人を殺め続けてる。」

「珍しいな、まだ狂って無いだなんて、俺たちの管轄外じゃないのかよ。そういう人は日本国の警察連中に任せておけばいいのに。」

「そうも言ってられないんだろ。能力は「発火」だ。多分俺と同じで何かに力を加えるだけで燃やせるとか、そういう類の。ちなみに最近まで仕事の理由で韓国に居たらしい。」

 ふと東を見るとあまりお目にかかれない東のビックリした顔があった。

 

閑話──SIDE 東

 

 その仕事が手元に踊りこんできたのは約4ヶ月ほど前のことだった。日曜日、日々の疲れを国民がじっくり癒せる数少ない休日。まぁ、最近は週休2日制になってからはそれほど重要性は薄れたのかも知れないが。ともかく俺、東狩人もそんな人間の中の一人だった。怠惰な午後を過ごしていると、事務所─と言ってもマンションの一部屋が俺の自宅兼事務所だが─に来客者があった。チャイムがなる。重い身体を引きずり対応するために受話器をとる。がちゃ

「はい、東ですが。」

「えっと・・。東探偵事務所はこちらでしょうか?」

 何時聞いても恥ずかしい名称。こっちは普通の探偵の人たちが汗水たらしてやっているようなことは何一つしていないというのに。

「はい、そうですが、何かご相談ですか?」

「あっ。はい・・・。お時間よろしいでしょうか?」

「いいですよ、今開けますんでお待ちください。」

 だるいが、これも仕事だ、開けない訳には行かない、それにアレだけ思いつめた声をしていたのだから大きな仕事だろう。これでプー太郎やら無くて済むならこれしきのだるさは耐えられる。

「はい、お待たせしました。どうぞ中へ。」

 玄関に立っていたのは大体35〜37歳ぐらいの何処にでもいそうな女性、変わったところといえば頬が不自然なまでに不健康丸出しだというところか。

「どうぞ座ってください。さて、今日はどのようなご用件ですか?ご存知の通り──」

「知っています。人探し専門の探偵さんですよね。承知の上です。」

「・・・そうです。で、用件を聞かせていただけますか。」

「・・・実は・・」

 そういって女性が話し始めたのは自分の夫の事だった。2年前から韓国に単身赴任していたが2ヶ月前から一向に彼からの応答がなくなってしまったということだ。

「そうですか・・では、韓国にまだご主人はいらっしゃるという事ですか?そういうことですと──」

「能力者さんですよね」

 身構える。一般市民が確実に知らない言葉の一つが何の変哲も無い主婦から出る。その異常性。一瞬思考が止まる、しかし直後には思考を切り替え腰にいつも携帯しているナイフを手に取る。

「・・・何故それを?返答によっては容赦しませんが。正直にしゃべっていただきます。」

最大限の運動能力を駆使して女の後ろに回る。ナイフをのどに突きつけて、能力で一発で殺せる動脈を視る。

「・・・・・っ。私の情報源をフルに駆使して調べてもらっただけです。これをネタにして脅したりするつもりはありません。」

「それ以外の俺の情報を全てしゃべってください。さもなくば遠慮なく殺させていただきます。」

「他には何もしりません。名前と能力持ちだという事だけです。」

「本当ですか?俺の能力が何かとかもしりませんか。」

「知りません。」

一旦ナイフをのどから離す。

「いいでしょう。引き受けましょう。そのかわり能力に関することは洩らしてもらっては困ります。もしそのような事実があった場合は容赦なく殺します。」

「わかりました。報酬もそれ相応の金額は払いたいと思います。」

「期待していますよ。では、何か判り次第電話しますので今日のところはお引取り願います。」

 そうして女は帰っていった。それにしても何処から情報を仕入れたのかが問題だ。キルスも見かけによらずずさんな管理はしていないし、回りの能力者たちも口が軽い奴等じゃない。そうなると大元からもれたか・・・まぁ、これ以上もれるようならこの町の中だけでも皆殺しにすればいいことか。思考を中断する。これ以上考えても無意味だ。ここは疲れた脳を休ませるのが良策か。

 

 2日後、女から男性の写真が送られてきた。結婚したときに撮ったものだろうか、二人とも幸せそうな顔をして写っている。今では片割れはいないわけだが。秘密を握られてる以上いつものようにだらだらと仕事をする訳にもいかない。こういう面倒な仕事はさっさと終わらせるに限る。それこそ本気を出せば一週間もかからないはずだ──そう、その時はそう思っていた。これが5ヶ月にもわたる仕事だとも、これが意外な方向に行くとも思っていなかった。


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