───さぁ、役者は揃った。夜の宴を創めよう。
夜
僕には力がある。何のことは無い、家系が只そういう家系なだけで、精神に異常をきたしていたり、異常者なわけではない。只、何代かに一人は人間とはかけ離れた超能力──いや、超能力と言う言葉では言い表せない「能力」を持った人間が生まれてくる。それが自分だったと言うだけ。例えば僕の祖父は背中に「酉」を飼っていたし、先祖の中には人間の形では無い形で生まれてきた者も居る。僕の「能力」は「物」を「爆発」させること。「爆発」と言うよりは、「爆ぜさせる」のほうが意味合い的には近い。
僕には片足が無い。正確には右足だ。まだ幼く、自分の能力に気付いていなかった頃。転んで擦り剥いた傷を痛くて見ていたら膝から下が「爆ぜ」た。その時は何が何だか判らず、只、自分の膝から下が「消えた」としか認識できなかったのを覚えている。その出来事から十年と幾年流れ、今僕は18歳になっていた。
1
僕こと夜神殺郭(ヤガミキルス)は他の人間と全くかかわりを持っていない。能力があるが故に─いや、単に他人との接触が気に入らないだけだ。「爆ぜ」させると言うことを覚えてから何もかもが「物」としか思えない。人間も「爆ぜ」てしまえば只の肉壊、肉の塊だ。なら、いっそ全て壊してしまえば良い、そう考えた時期もあった。しかしそれをしてしまえば自分は社会と折り合いがつかなくなる。それが怖かった。結局自分は「能力」を持っている只の「人間」に過ぎない事を意味していたから。だから、せめてもの自分自身への抵抗として最小限の人間関係しか持たない。当然18歳である以上異性に対しての感情も芽生えてくるが、長年他の「物」とは違うと思ってきた事で、どこか、精神の最下層で押さえ込んでいるところがある。正直、「能力」を持っている限り通常の人間と普通に関係を持つのは無理だし、それにたとえ誰かを愛したとしても、その事実を隠して生きるのは辛い。毎晩、時間になると外に出て「仕事」をこなす。「能力」を持った者は幼少時代に強制的に機関に連行され自分の能力に見合っただけの身体能力と能力の使いこなし方を叩き込まれる。僕の場合、「爆発」と言う強力なものであったから特訓は半端なものではなかった。そして、そこを卒業──いや、出所するとすぐ仕事をするかしないかの選択に迫られる。仕事とは、能力を自分で開花させ、乱用しているもの、もしくは能力の負担に耐えれなくなった者を始末する仕事。一般的には「削除」と呼ばれる仕事だ。表向きには只の殺人として扱われる。毎週変死体が出ても、気の触れた一般人を犯人と仕立て上げるから、「削除」の方法、もしくは事実が一般人に知れ渡る事は無い。当然自分自身の両親もこのことは知らないし、僕が常人とはかけ離れた運動能力を持っている事、毎晩人を肉の塊に変えていることも知らない。僕の名前、夜神殺郭も本名ではない。削除の仕事をしている以上、本名を明かしてはいけないという規制があるため、通り名、すなわち偽名だ。本名は───この物語を語る上では不要だ。なぜならこの物語の中で夜神殺郭以外の自分は出てこないから。
友人と呼べる者が居ないのは確かだが、仕事をする上でチームを組んで済ませる、済ませなくてはいけない仕事が多々ある。例えば他の町からレベルや能力の差が激しい者が来たときは、同じ町に居る能力者とチームを組み狩ることがある。そして、この町には、奇妙な事に彷徨い入ってくる高能力の能力者が多く、なおかつ、能力者も僕を含めて3人しか居なかった。一人は東狩人(アズマカリヒト)二人目は人形斬(ヒトカタザン)ちなみに人形斬は女だ。正確には後一人居るのだが──この際置いて置いて問題は無い。
2
(1)
その日も仕事を終わらせるために夜中、一人で街に向かった。コンビニの前にべったり座っている低脳そうな奴等、粋がってわざわざ自分からぶつかって喧嘩を吹っ掛けて来る奴。誰も彼も汚らしい。肉の塊が屯している繁華街を抜け、ちょっと中心からずれた住宅街へと、一般的には「安全」と言うレッテルが貼られて居る場所。仕事に一番適しているのがこの住宅街だ。人間共の「安全」に対する信頼度も高ければ、ここは「絶対」に「安全」だと思っている。深夜になれば静まりかえり多少の悲鳴も闇夜に吸い込まれる。
その日の仕事もいつもどおり終わるはずだった──あいつが出てこなければ。
(2)
「殺郭」
ふいに声をかけられた。知っている声。嫌というほど聞いた。うんざりする。何故こんなときに・・。
「キルス、いまさら何の用?」
目のスイッチを切り替える。いつでも爆発させられるようにしておく。・・・たとえそれが無駄な抵抗だとわかっていても。
「ご挨拶だなぁ。せっかく会いに来てあげたのに!君とは違ってこっちには右足と右手が無いんだよ?どういうことかわかってるのかなぁ?」
にやけた顔でこっちに近づいてくる少年──いや、少年と言う年齢でもなければ、少年でも無い、初めて見た人は確実に女だと思うような容姿に右手足が無い異形。
「いや、わかってるよ、お前が来たって事は何か仕事だろう?」
解り切った質問、コイツの名前はイリナ=キルス。能力者専門の仕事請負人を生業としている。この町で3人しか居ない能力者の俺のところへ来る事はまれだ、たいていはこっちが呼び出されてオフィスに行く羽目になるのだが。
「そう、御明察。けど今回の仕事はちょっと違う趣旨だよ。いつもみたいな単純な狩りじゃない──まぁ、まずはこれを見てよ。」
そういって手渡されたものは携帯。しかも良く見れば最新の物でスクリーンには動画が再生されている。
「どう?この動画しらない?今ネット上じゃちょっとした話題になってるんだけど。韓国で撮られたものでね。わかる?この左上の人が通った後だけ炎が残るんだよ。御陰で韓国じゃ「燃える者」なんてカッコイイ名前なんか付いちゃってさ。」
スクリーンは次の場面を映し出した。月の綺麗な夜に男が一人佇んでいる。突如発火。黒こげになった男の上に何か落下。おそらくはさっきの「燃える男」だろう。背が高く、案外ハンサムな顔立ちをしているのかもしれない。そして黒こげになった男を見下ろして差って行く。
「何?今度はコイツを始末するの?韓国まで飛べってこと?旅費さえ出してくれれば行くけど。」
「それだったら君みたいな攻撃型じゃなくて東みたいな検索型に頼むよ。何で君に頼んでるかわからないの?鈍いねぇ。ニブチンだね。君不感症かい?」
失礼な事を捲くし立てながらもしっかり理にかなう事を言うのがコイツの嫌なところだ。確かに韓国まで飛ぶなら東のほうが向いている。あいつの能力は一般的に千里眼といわれるものでドコに何があるかわかる能力だ。
「じゃぁ、東には手におえない攻撃力を持った能力者って事?」
「それも一つの理由。もう一つは急を要するって事。」
「?よく判らん。回りくどい言い方はいいからさっさと言いたいことを言え」
「はぁ・・・だから君は不感症だっていうんだよ。急を要するって事は、既に日本に上陸して、なおかつこの町に居るって事。ちなみに彼の能力は『物を自由に燃やす事』が出来る能力。簡単に言えば君とほぼ同じ能力って事かな?目には目を、火には爆破を、って感じかな?ハハッ」
───最悪だ。
(3)
後から聞いた話によれば、その「燃える男」は日本人で仕事の都合上韓国に行っていたようだ。だがあっちで首になり、衝動的に人を燃やすようになったという事だった。簡単に言えば今までの狂人を殺すのとは事が違う。相手は理性も、考える能力も十分にあり、なおかつ自分とほぼ同じ能力を持っている。自体はおそらく僕がこの仕事を始めてから一番悪いだろう。「燃える男」の方だって何ヶ月も韓国で逃げ回っていた男だ、早々簡単に見つかる事も無いだろう。この町──仮に神大寺と名付けよう、神大寺はバブルの最盛期に活発になった町で人口に不釣り合いなほど都会じみていて、潜伏できそうな所なんかいくらでもある。
──不本意だが他の能力者の力も必要になるようだ。
(4)
数少ない携帯のメモリの中から東狩人(アズマカリト)の電話番号を引きずり出す。この番号にかけるのも久しぶりだ。
プルルル・プルルル
無機質な機械音が東を呼び出している事をご丁寧にこちらに知らせてくれる。
およそ3コール目で東が電話を取った。
「何?殺郭から電話なんか珍しい。」
「仕事の話だよ。それ以外にお前に電話する用なんか見当たらない。少なくとも俺はお前と遊びに行くような酔狂な人間じゃないからな。」
「こっちもネクラなお前と遊びに行くなんか願い下げだよ。で、集合するの?まぁ、殺郭がこっちを呼び出すとなると結構キツイ仕事なんだろう?」
「キツイといえばきついし、きつくしようとしなければキツクは無いよ。けど、残念ながらキツクしないと被害が出るらしいから。」
「ふーん・・・・まぁいいや、斬も呼び出すの?」
「いや、あいつはいいだろう。アイツが来るとスムーズに済むはずの仕事も済まなくなる。」
「どっちでもいいよ、じゃぁ今から会う?こっちも色々あるからさ、用意とか。君みたいに常人はずれした運動能力持ち合わせている訳じゃないしね。5時にいつもの公園でどう?」
「いいだろう。遅れるな」
一方的に電話を切る。何故人と話すのはこんなに体力を消耗するものなのだろう。
(閑話)
息が荒い。心臓の動きが正常に戻らない。大抵力を使っているときはこうだ。最初に使えるようになったのはそう最近の事じゃない。二十歳ぐらいのときだったか。何気なくあの人燃え始めたら面白いなと思ったのがきっかけだった、その後は開封口を切ったかのように能力があふれ出てきて、ちょっと念じるだけで人や物が燃やせるようになってしまった。
ニオイがする。俺と同じニオイ。能力者のニオイ。近い。どうする?隠れるか?いや、見つかったら只じゃ済まない。
先手を打つのが得策か・・周りの埃や塵を燃やして酸欠状態にすれば楽なこと、幸いこの町は半端に都会なところがあるからそう苦労はしないだろう。
同じニオイのする奴の後ろに立つ。16,7の女だろうか。たいした特徴も無い女、しいて言えば多少露出の気が無いというか、素肌が見えるのは辛うじて顔ぐらいだ、いまどきの年代の女にしては珍しい。
そんな事はどうでもいい、先にコイツを始末してしまえば後はこの町で自由に暮らせる。削除される心配も無くなるわけだ。この女も犯すなり何なり好きに出来る。
顔の周りの埃や塵をじわじわと燃やし始める。相変わらず普通に歩いている女は気付いていない。
ふ、と女の顔がこっちをむいた。
笑っている。
何故?わかっていたのか?俺が能力を持っているという事を。
女は近寄ってくる。
逃げろと本能がベルを鳴らす。体が動かない。女の顔が近づいてきて耳元でこんな事そ囁いた。
「どうするつもりだったの?あなたも能力者ね・・・?残念だけど私だけを捕まえてもこの町には後3人能力者がいるのよ。次会うときは戦争だから、今のうちに遣り残しておいたことをやっておきなさい。女を抱くなり、犯罪を犯すなり、好きにするといいわ。」
体が動く。
逃げた。輪ゴムが切れたときのような速さで町を走ってにげる。
考える事が出来ない、思考を埋め尽くしているのは「死」と言う一文字だけ。
逃げ疲れて暗い裏路地に座り込む。
「──死ぬのか──死ぬのか俺は・・・」
(閑話休題)