玄関に辿り着いた僕は、慌てて鍵を取り出そうとする。
早く。早く。早く。
だが、そういう時に限って鍵は取り出せない。
振り返りながら、鍵を探る。
敵意が追いかけてきていないかと、後ろを振り返る。
勿論誰もいやしない。これは僕の自意識過剰。
彼らが向けていたのはあくまで無関心の眼、僕に関わろうとなんかしていない。
だけど何故だろう。
誰かが誰かが誰かが僕を見ている気がする。
だから僕が振り返ってみると、そこにはやっぱり誰もいない。
しかし、犬はいた。真っ黒な犬。不吉を伝える犬。
そいつは僕を見上げて、その裂けた口を釣り上げてみせた。
犬が笑うなんてありえない。
奴らには表情筋がない。表情は人間だけのもののはずだ。
だけどそいつは確実に笑みを、嘲笑を浮かべ僕を見る。
思わず後ずさった背中がドアにぶつかると、僕の体はそのままドアの向こうに倒れた。
かかっていた筈の鍵は、あっけない程無抵抗だった。
事態を理解できずとも、とりあえず犬が消えたことに僕は安堵する。
ドアに背を預け、息を吐く。
家の中は安全だ。
焦れて靴を脱ぎ捨て、
階段を駆け上がり、自分の部屋に戻る。
ワン
慌ててドアを閉め、鍵をしめる。
そしてベッドに、顔から倒れ込む。
ワンワン
部屋は僕だけの安全地帯。
ワンワンワン
部屋の中は僕の王国だ。
ワンワンワンワン
なのに
ワンワンワンワンワン
なのに
ワンワンワンワンワンワン
なのに
ワンワンワンワンワンワンワン
なのに………ッッッ!!
ワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワン…
視界が遮られようとも、咆哮が声が聞こえてくる。
音は響いて反射して反響して増幅して僕の脳を揺さぶる。
間違いない。
両耳を両手で塞ぎながら、僕は確信した。
奴らは、
獣どもは、僕を殺すつもりだ。
復讐のつもり、いや、違う。
奴らの危険性に気付いたこの僕が、邪魔なのだ。
人類社会に溶け込んでひっそり僕達を殺す計画を暴露されたくないのだ。
日本だけで年間行方不明者は十万人を超えるという。
きっと、その人達はあいつらに喰われたのだ。
貪り喰われたのだ。
僕は、それに復讐しなければならない。
僕達の敵を、他種族の陰謀を打ち砕かなければならない。
決意が固まれば、後は実行に移すだけだ。
僕は起き上がり、机の引き出しからナイフを引き出した。
ーーああ、なんて美しいんだろう。
刃渡り7cmの飛び出しナイフ。
流体的で生物的なデザインの僕のナイフ。
飛び出し式だからばっちり銃刀法違反だが、構いやしない。
だって、僕はこれから僕達の敵と戦うんだから。
ボタンを押してナイフを開刃。
そして階段を降り、靴を履き、出陣。
ドアを開くと、そこにはまださっきの敵が、
にやにや笑いを張り付かせてこちらを見ていた。
僕は踏み込んで、そいつの脳天にナイフを突き入れた。
冷徹な刃はたちまち奥深く突き刺さり、敵は敗北の印を吹き上げた。
力を失った獣を踏みつけて、その反動で僕はナイフを引き抜いた。
獣と血と油に汚れて、それでもナイフはまだまだ瑞々しい。
僕たちの敵を一つ駆除できたのはとても壮快で。
まるで真夏の日に水浴びしたような清々しさだった。
そうだ、そういえば向かい側の家にも的がいた筈だ。
次は、それを成敗しにいこう。
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