The Lives of the World.

――第三章――

 

 

――大平原クラスタ、東――

グラン火山のふもとから歩き出して二日。

方角を北東に、イーストマルス要塞を目指していた。

「ねぇねぇ、今度はどんな種族に会いに行くの?」

「イーストマルス要塞には特殊な種族はいないが・・・そこから東大陸へ行こうと思う」

東大陸とはこの世界にある二つ目の大陸。

俺達がいる大陸が西、海をはさんで東と分かれている。

「そりゃまた随分でかく出たな」

「要塞から少し東に行けば港がある、そこで船に乗ればいいのだが・・・許可を要塞で取らなければならんのだ」

「ふーん、東大陸には何がいるの?」

「ウルフ族だろ? 話は色々聞いたことはあるけど、まぁ見てみてぇことに変りはねぇか」

「それと・・・・会っておきたい人物が要塞にいる、というのも理由に入るか」

「なんだそりゃ」

「会っておきたい人物って?」

「竜騎士さ」

「竜騎士?」

「竜と共に生きている騎士の事だ、位の高い竜は人と話す事も出来る」

「すごーい!」

「竜か、いっぺん見てみてぇな!」

「要塞には三十人ほどの竜騎士団がある、要塞の防衛団さ」

「・・・たった三十人なの?」

「竜騎士以外にも兵士はいるが竜騎士の力を侮るな、彼らは一人で百の兵を相手に出来る、当然竜と共に戦えばの話だが」

「バルガより強いの?」

「お前に勝てたらそいつらはバケモンだな・・・」

「さぁな・・・少なくとも俺に近い実力の持ち主達だ」

「戦ったことがあんのか?」

「ああ、一度は敵同士だった・・・」

「王都にいた頃はってことね」

「そう言う事だ」

そうこうしている間に要塞が見えてきた。

イーストマルス要塞は二つの山に挟まれて作られているため、要塞を通らねばその先にはいけない。

だからこそ、要塞での許可が必要なのだ。

「あれがイーストマルス要塞?」

「そうだ、王都ミナステリスにあるブルム城の次に大きな建造物だ」

「すげぇな・・・まるで石の塊だぜ」

ロシオの言うとおり、まさに鉄壁の要塞だ。

「そういえばさ、バルガが会いたい人の名前って?」

「・・・名はクレイス・ハルバート」

俺は思い出すように言った。

その名を口にしたのは実に何年ぶりだろうか・・・。

名前を聞いてロシオが少しゾッとした表情に変わる。

「うお、物騒な名前だな・・・」

「え? そうなの?」

「ハルバートってのは斧槍のことさ、嬢ちゃん見たことねぇのか?」

「んー・・・どんなの?」

「俺の斧の先に槍の先がついたようなもんだな」

「ふーん、色んな武器があるんだねー・・・私森から出た事無いから全然わかんないんだ・・・」

「知識などこれから身に付けていけばいい、大事なのは知りたいか、知りたくないかだ」

少し沈んだエルフィーレを気遣ってそんな言葉をかけてみる。

――イーストマルス要塞、内部――

ここはイーストマルス要塞、その訓練場だ。

「クレイス、少し休まないか?」

「まだ今日の分の訓練が終わっていない、先に休んでいろ」

クレイスと呼ばれた白い長髪を持った女性が訓練場内唯一休憩を取らずに淡々と訓練をこなしている。

ものすごい量の汗をかいているが、本人は疲れた様子を一切見せない。

その近くには黒髪の男が立っている。

「熱心なのはいいが・・・健康には気をつけろよ」

「いたって健康だ、心配無用」

「はぁ・・・そんなに訓練ばっかりやっていると襲撃がきたときにばてるんじゃないか?」

「そのような生半可な訓練はしていない」

「・・・・解ったよ、好きなだけやっていろ」

この二人の会話は毎日行われている。

その時、一人の男が訓練場に駆け込んできた。

その男は少し慌てた口調で二人に声を掛けた。

「あ! 団長! それにクレイス! この要塞に向かっている奴らがいるってさ!」

団長とは黒髪の男のことだ。

彼は竜騎士団の団長だ。

突然の出来事に当然ながら困惑する。

「何?」

「とにかく西門まで来いよ!!」

要塞西門の裏側には既に竜騎士団が集まっていた。

黒髪の男とクレイスもそこに到着し、現状を兵に聞いていた。

「ドワーフにエルフ、それに人間が一人ずつここに向かってきている?」

「は!」

「一体どういうつもりだ・・」

黒髪の男が額に手を当てて考える。

「団長、どうします?」

「そうだな・・・誰かその三人に話を聞きに」

「私一人で充分だ」

黒髪の男が言い終わる前にクレイスが名乗り出た。

既に鎧を着込み、彼女の相棒の真紅の竜を連れてきている。

それに竜騎士団全員が苦情を言い始めた。

「な! お前が行くのか?!」

「そうだ、何か文句でもあるのか?」

そういうと竜騎士達は黙ってしまった。

彼女が一度言い出したら聞かないことを知っているからだ。

『また団員の話は無視か、お主少しは人の話に耳を傾けてはどうだ?』

真紅の竜が喋った。

だがその声はクレイスにしか聞こえていない。

竜の言葉とは竜自体が心から忠誠を誓った者、信頼の置ける者、話し掛けたい者以外には聞こえないようになっている。

「五月蝿い、私の性格だ、そう簡単に変えられる物ではない」

『ふん、何故このような小娘を主に選んでしまったのか・・・』

困ったように首を振る真紅の竜。

「ドレイク! つべこべ言わずにすぐ出るぞ!」

ドレイクと呼んだその竜にまたがり、飛び始める。

「クレイス、止めはしないが話を聞く前に殺すんじゃないぞ?」

「時と場合によるな、行くぞドレイク!」

『ふぅ、疲れる主だ・・・』

竜が羽ばたき始める

――イーストマルス要塞、西門前――

「あれ? 何か飛んでくるよ?」

エルフィーレが何かに気づいた様子で要塞の方向を指差している。

「あん? 何だ?」

要塞より飛んでくる鳥のような物。

その正体をバルガだけが知っていた。

「あれは竜だな、要塞に入れる前に用件を聞きに来るのだろう」

「あれが竜なんだ・・・」

「へー・・・案外小さいもんだな」

とロシオが拍子抜けしたようなやる気の落ちた声で言う。

お前が言える立場か・・・。

「・・・・確かにあの竜は少し小さいな・・・・」

その竜に俺は心当たりがあった。

真紅で、竜としては小型・・・俺が良く知っている竜だ。

「・・・・ふ、あの竜の持ち主は奴しかいないな」

「奴って?」

「後で説明する、少し下がっていろ」

エルフィーレとロシオが五歩ほど後退する。

すると、真紅の竜が俺達の真上を通り過ぎようとした、その時。

影が俺に重なっていた。

「・・・相変わらずか」

刀を抜き、じきに来る衝撃に備える。

「バルガ?」

「見ていろ、真紅の竜の主を」

俺は刀を振り上げた。

予想していた衝撃が全身に掛かる。

「く、相変わらず容赦の無い・・・」

それを弾き飛ばすと、その竜騎士はくるくると空中で回転し、見事に着地した。

先ほどの衝撃は空中からの落下の力を利用した槍での一撃だった。

その衝撃は凄まじく、足元の地面がへこんでいる。

「す、すげぇ」

「バルガ大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ」

とはいっても両手が痺れているが・・・。

距離を置いて着地した相手は驚いたように呆然と立ち尽くしていた。

「・・・貴様何者だ、私の一撃を受けられるような者など・・・」

「いない、か? 果たして8年前もそうだったかな?」

俺は唐突に昔話を持ち出した。

「8年前? 何の話だ?」

「あの時お前と戦い、お前の左腕に斬り傷をつけた人物を思い出せ」

「・・・・この傷を・・・・」

彼女は左腕を抑えながら、考え始めた。

「バルガ、あの人知ってるの?」

エルフィーレが俺の名を出すと彼女はさらに深く考えだした。

「バルガ・・・・私は・・・・お前を・・・知っている?」

「まだ思い出さないか?」

そう言うと何かを思い出したのか、口調が明るく変わっていく。

「・・・・そうだ、あの時確かに私との一騎打ちで勝った男が居た、その男の名は確か!」

「久しぶりだな、クレイス・ハルバート」

「バルガ! あのバルガディア・ルシフェルか!!」

彼女は被っていた兜を外し、白く美しい長髪をあらわにした。

すると笑顔を作り、俺との再会を喜んだ。

「本当に久しぶりだ! あれからもう8年も経ってしまったのか!」

「お互い変わらないなクレイス」

「ふふ、しかしお前は少し変ったな」

「そうか?」

「髭を生やしている」

顎に触れてみると少しザラつく感触を覚える。

「・・・くっくっく、何時からそんなことを言うようになったんだ?」

「さぁな、だが嬉しいよ!」

その時、俺は後ろで訳も解らず呆然と立っている二人のことを思い出した。

「なぁ、この女がお前の言ってた?」

「そうだ、クレイス・ハルバートだ」

「・・・私、男の人かと思ってた」

「ははは、まぁこいつは色んなところで男のような性格をしているがな」

「な?! それはどういう意味だ!!」

顔を真っ赤にするクレイス。

こういった点では女なんだなと感じさせる。

だが戦闘中では冷酷非情、向かってくる相手には情けをかけない女として有名だ。

「・・・俺はもっとおっそろしい怪物のような奴かと思ったぜ・・・」

「き、貴様!!」

「はは、怪物か、ある意味怪物だな」

「・・・貴様らここで殺すぞ!!」

「ほらな」

それ以降、彼女は黙ってしまった。

その上殺気に満ち満ちた目で俺を睨んでいる。

少しからかいすぎたか。

『我が主をあまりからかってくれるな、バルガディアよ』

すると真紅の竜がクレイスの近くに降り立った。

「ドレイクか、元気だったか?」

『ふん、我が身を案ずる暇があれば己の身を案じよ』

「お前も相変わらずか」

「ねぇねぇ、誰と話してるの?」

エルフィーレ、それとロシオにはドレイクの言葉は聞こえていなかったらしい。

「・・・ドレイク、この二人にも言葉を聞かせてやれ、俺の仲間だ、安心しろ」

『そうか、ならば』

そういうとドレイクは目を閉じ、再び開いた。

『初にお目にかかる、我の名はドレイク、我が主クレイスの守護竜だ』

「! 声が聞こえた!!」

「へぇ、本当に喋るんだな」

『正確には喋っているわけではないのだが・・・』

「でも喋れる竜って位が高いんでしょ?」

『うむ、我のように最高位の竜以外に言葉を伝えることは出来ん』

「・・・・大きさは関係ねぇのか?」

『我らにとって体格は重要ではないのだ、最も重要な物は血筋と器量』

「ドレイクは最も古い竜の血を受け継いでいるんだ、私も最初は信じられなかった」

『我らの話はさておき、お主の話をしてくれぬかバルガディア』

「ああ、長い話になるが・・・」

「なら要塞に入ってから話を続けよう」

「その方が良さそうだな」

「先に戻って門を開けてくる、少しの間待っていてくれ」

「うん!」

クレイスは再びドレイクにまたがり、要塞へ戻っていった。

「竜騎士・・・かっこいいね・・・」

ドレイクを見つめながらエルフィーレがぼやく。

「なりたくともすぐになれるものではないがな」

「だけどよ、俺らも訓練すれば竜騎士になれるんじゃねぇのか?」

「訓練は特に重要ではない、竜騎士に必要な物は竜と同じなのだ」

「血筋と」

「器量って奴か」

「そうだ、クレイスはその中でも高い能力を持っている」

――イーストマルス要塞、西門、裏側――

門の前では竜騎士達がざわついていた。

「クレイスが戻ってくるぞ」

「珍しいな、あいつが余所者を殺さずに帰ってくるとは・・・」

真紅の竜が要塞内に入った。

「クレイス、どうだった?」

「門を開けてくれ!」

「は?」

突然のクレイスの発言に全員理解できていない様子だ。

「団長、懐かしい男が来たぞ」

「懐かしい男?」

「いいから早く門を開けろ!」

「は! ただいま!!」

数人の兵士達が閉ざしていた門を開いた。

そこからはドワーフ、エルフ、そして竜騎士団のほぼ全員が目を疑う人物がいた。

「お、お前は昔!」

「久しいな竜騎士団」

「これはこれは、王国剣士団団長様ではないか」

「元、だ」

俺の一言で竜騎士団の表情が少し険しくなる。

「・・・何?」

「どう言う事だ? お前は剣士団団長になったのではなかったのか?」

クレイスも腑に落ちないといった感じだ。

「・・・場所を変えよう」

――イーストマルス要塞、会議室――

俺は8年前にこの要塞の防衛団に世話になった事がある。

信頼できる仲間だ。

俺はその1年後に何が起こったのかを全て話した。

「・・・・なるほど、お前がこの要塞を離れて一年でそんなことがあったのか・・・」

「国王は?! 国王様は生きているのか?!」

クレイスがやけに取り乱している。

まぁ・・・当然か。

「・・・・すまない、そこまでは知らないが・・・恐らくは・・・・」

「そ、そんな・・・」

竜騎士団とは数十年前行き場を失った竜騎士達が王に拾われた事がきっかけで作られたのだ。

その後も国王は竜騎士団への援助を怠らなかったのだ。

その国王を両親が早くに亡くなってしまったクレイスは深く信頼していた。

「そのグレイ・スティンガーって男が殺したっつぅわけか」

ロシオにはまだ話していなかったことだが、奴もようやく理解したようだった。

「証拠は無い、だがあの男の野望ならば王都にいる大抵の兵士が知っている、だからこそあの男が殺したと断言できるのだ」

「じゃぁ今の王様はグレイって人なの?」

「ああ恐らくな・・・・国の現状は知らないが悲惨な事になっているのだろう・・・」

「・・・国王様・・・」

クレイスは完全に落ち込んでしまった。

しかし今まで腕を組んで考え込んでいた団長が口を開く。

「・・・グレイは今、奴の野望に向けて大きく動き始めている」

突然の発言に俺は驚いた。

「何? 何故お前が知っている?」

「伊達に竜騎士団の団長をやっているわけではない、奴は今徴兵令を出しているんだ」

「徴兵・・・」

「東大陸制圧に向けての準備だと思うんだが・・・」

「そうか・・・ついに動き出そうとしているのか・・・」

元々グレイの野望を知っていた俺はこうなることは予測していなかったわけではない。

だがことは急を要するようだな・・・。

「バルガ! 共にグレイを討とう!! 軍隊が整ってからでは遅すぎる!!」

「ちょ、ちょっと待てよ、討つったって相手は国王だぞ? 今突っ込んだってやられるのが落ちだぜ?」

ロシオの言うとおりだった。

要塞内の全兵を使ったとしても、今の国王軍には打撃にすらならない。

「わかっている・・・だが他に方法が!」

「クレイスさん落ち着いて!」

「落ち着ける場合か!! 私が尊敬していた先代国王を殺したんだぞ!!」

「・・・・・クレイス、そういうときこそ平常心だ」

団長がなだめる。

「団長! お前にわかって貰おうなどと思わん!!」

「・・・ドレイクが力を貸すと思うか?」

「・・・くっ!」

さすがは団長といったところか、クレイスをなだめるすべを良く知っている。

「クレイス、ドラン、少し俺の話を聞いてくれないか?」

ドランとは竜騎士団団長の名だ。

「俺はこの7年間遊んでいたわけではない、だがグレイに対抗するためには大きな軍隊が必要だった、今俺達が攻め入ったところで返り討ちにあうのは目に見えている、勿論ドレイクはそんな愚かな事に力を貸してはくれないだろう、そしてこの要塞内の全勢力を使っても王都には損害すら与えられない」

「・・・ではどうすればいいんだ!!」

現実を眼前に突きつけられたクレイスは再び取り乱す。

「可能性はある、そのためには東大陸に渡らなければならない」

「・・・・そう言う事か、それで東大陸にいくっつってたのか」

ロシオも俺が東大陸へ渡りたい意図を理解したようだ。

「そうだ、そして俺が各種族に会いに行ったのも目的がある、ただの興味だけではない、戦争が起こる時、協力してくれるような、少なくともグレイに力を貸す様な種族ではない事はわかった」

「当たり前よ、私達にだって誇りがあるんだから!」

「おうよ! そんな卑劣な野郎に力なんか貸すかってんだ!」

二人とも力強い言葉で返してくれた。

これなら安心だろう。

「ふ、それを聞いて安心した、ドラン、俺達がここにいるのはそういう理由なんだ、    乗船の許可が欲しい」

「・・・・・解った、許可しよう」

「助かる」

「・・私も同行する!」

「クレイス、身勝手が過ぎるぞ!!」

クレイスの突発的な感情で動く性格を知っているのか、ドランは強く止めた。

だが彼女は聞く耳すらもたない。

「私一人ここから抜けようとも落とされるような要塞ではない、そうだろう?」

俺は二人の間に割って入った。

「・・・・ドラン、諦めろ」

「しかし!」

「何を言っても聞かないことはお前がよく知っているはずだ」

俺がそう言うとドランはそれ以上クレイスを止めようとはしなかった。

「・・・・不甲斐無い団長だな、俺は・・・」

「俺にも人のことは言えん」

「・・・・クレイス、同行は許可するが一つ条件があるぞ」

途端にドランの表情が真剣になった。

「なんだ」

「・・・・・・生きて帰って来い」

「・・・殺されるほどやわな訓練をしてきたわけではない」

「お前らしいよ・・・」

ドランの表情が崩れたのを悟ったのか、エルフィーレが明るい声で話し掛けた。

「えへへ、じゃぁ自己紹介するね、私はエルフィーレ!」

「俺はロシオってんだ」

「竜騎士団団員クレイス・ハルバートだ」

「これからよろしくな!」

だがこの時、これから起こる最悪の事態を・・・誰が予想できたか・・・。

――イーストマルス要塞から西二キロ――

「国王様、見えてきましたぞ」

「解っている、全隊攻撃準備」

「はっ!!」

「し、しかし国王様、攻め落とす必要があるのですか?」

「何がだ?」

「ですから、交渉すれば済む話では無かったのですか?」

「貴様は私に意見できる立場なのか?」

「い、いえ・・・しかし」

「ふ、今回の攻撃は見せしめの意味もあるのだ」

「見せしめ・・・ですか?」

「うむ、ある人物に対してのな・・・クックック」

――イーストマルス要塞内部、会議室――

「さて、出発の準備をしたほうが良いだろう」

「・・・待ってくれ」

ドランが突然俺達を引きとめた。

「団長、何だ?」

「・・・・船は今・・・解体されている」

  • ・・何?

俺は耳を疑った。

船が・・・解体?

「どういう意味だ・・・」

「数週間前に国王からの命令で船の解体作業が進められていたのだ・・・」

「そ、そいつは本当なのか?!」

「ああ・・・」

「じゃぁどうするの?」

「今から組み直して一番小さい船も丸一日くらいかかる、今日はここに泊まっていけ」

俺は三人の顔を見回し、確認を取る。

「・・・解った、だがなるべく早くしてくれ、奴は待ってはくれないぞ」

俺はこの時、冷や汗をかいていた。

何故かは解らない、だが言い知れぬ恐怖がそこにはあった。

何が起きているのか。

何が起きようとしているのか。

それらが悪い予感として俺の頭の中をよぎり、それは・・・始まった。

「て、て、て、敵襲ーーー!!!!」

「な、なんだ?!」

一人の兵士が会議室にも聞こえる大声で叫んだ。

それのせいで要塞の外は急にあわただしくなっていく。

「団長、すぐに表に出るぞ!」

「解ってる!」

「ロシオ、エルフィーレ、俺達も行くぞ!!」

「うん!」

「おう!」

西門裏には既に多くの兵士達が集まっていた。

俺はとにかく現状を把握しなければならなかった。

手近な兵に聞いてみる。

「敵の数は?」

「か、確認出来るだけでも騎士六千はいるかと・・・」

「こちらの戦力は?」

「総勢で約千です・・・」

「退路は?」

「東門がありますがその先は海です」

俺の頭の中で全てのパズルのピースが型にはまった。

既に手遅れとも考えられるがな・・・。

「・・・船は解体中か・・・やられたな」

「どういうこと?」

まだ現状が理解出来ていないエルフィーレが聞いてくる。

「船の解体命令、そしてこの攻撃は完全に奴の計画通りにことが進んでいるということだ」

「・・・グレイか!!」

とにかく兵士を全て集めることが必要だ。

「・・・・そこのお前、弓兵は全部で何人だ?」

「はっ! 二百であります!!」

「・・・エルフィーレ、こいつと一緒に弓兵をかき集めろ」

「え? 私が?」

「ああ、壁に上り攻撃準備、指揮はお前に任せる」

「・・・・解った!」

「こっちであります!」

先ほど引き止めた兵士と共に走っていった。

「ロシオ、お前は槍兵を集めろ、ここに列を作れ」

「おうよ!!」

ロシオも走っていく。

クレイスが冷静に、しかし不安を隠しきれない声で尋ねてくる。

「・・・・バルガ、この戦勝てるのか?」

「・・・本音を言っていいのか?」

「ああ、私には本音を聞かせてくれ」

「・・・・・・可能性はゼロではないが・・・限りなくゼロに近い」

『バルガディアよ、最後まで希望を捨てるでない、我も力を貸す』

いつの間にやらクレイスがつれてきたドレイクが声をかけてきた。

「当たり前だ、私達は死ぬために戦うのではない、生きるために戦うのだ!」

クレイスはドレイクにまたがり、出撃の準備をする。

だが俺はクレイスを出撃させる気は毛頭無かった。

「・・・・クレイス、ドレイクから降りろ」

そう言って彼女を引き止めた。

「・・・何か言ったか?」

疑問と怒りを込めた返答だ。

「お前にはここに残ってもらう」

「何を! 血迷ったかバルガ!!」

「・・・・お前はここに残り戦い、ドレイクには別の仕事を任せる」

『・・・別の仕事とはな・・・詳しく話せ』

「ああ、お前には・・・」

――イーストマルス要塞から西一キロ――

「国王! 竜騎士団が南へ向かっています!!」

「・・・・南・・・何があるわけでもあるまい・・・逃げたか・・・」

「いかがいたしましょう?」

「馬では到底追いつけまい、放っておけ」

「突撃の第一陣はどうします?」

「最前列に弓騎兵団、投石器で門を破壊次第突撃させろ、ついで全騎士を突入させる」

「了解いたしました!!」

「ククク、元剣士団団長バルガ、竜騎士団も持たず今の完璧なこの私にどう対抗しようと言うのだ」

――イーストマルス要塞西門裏――

ロシオが槍兵をぞろぞろ連れて戻ってきた。

「バルガ! 槍兵四百集めてきたぜ!!」

「良し、門を突破されたら突撃してくるのは恐らく騎士団だ、馬には槍が最も効果がある」

「ほう、それで集めろっつったのか」

「ああ、それにある程度エルフィーレ達で減らせるはずだからな」

しかし俺の戦略は次の瞬間にことごとく砕かれた。

「・・・・バルガ、あれを見ろ!!」

監視塔からクレイスが指差した方向には二台の大きな木の物体が動いていた。

「・・・あれは・・・投石器! もう完成していたのか!!」

俺が剣士団を抜ける前から開発が進んでいたが、二台も完成していたとは・・・。

「どうするのだバルガ! あれでは弓兵達の射程範囲に入る前に壁を破壊されるぞ!!」

「・・・・グレイ・・・くそ・・・」

「ど、どうすんだよ!」

さすがにロシオも動揺している。

「・・・・・弓兵達を下げさせろ、槍兵も門から離して待機だ・・・」

「突撃しねぇのか」

こんな時に限ってこいつは何を言い出すんだ・・・。

「当たり前だ・・・投石器の威力はお前が思っているほど甘くは無い、こちらに馬が無い以上突撃して先制することは不可能だ」

「・・・投石器とはな・・・厄介な物を持ってくる・・・」

クレイスも悔しそうな表情だ。

「・・・ドレイク、ドラン、頼むぞ・・・」

――イーストマルス要塞から西二百メートル――

「投石器の射程に入ったな」

「はっ!」

「クックック、投石開始!」

「了解!!」

――イーストマルス要塞西門裏――

「・・・全兵、門から離れたようだな・・・」

俺はこの戦いで生き残るには逃げるしかないと考えていた。

敵は六千の騎士、弓の先制攻撃すら出来ない。

はっきり言って最悪の状態だ。

だが今要塞を出ても袋の鼠、海を渡る手段が無ければ逃げた事にならない。

「・・・投石来たぞーーーー!!」

兵士の叫びと共に、門、壁に一つずつ大きな岩が直撃した。

破壊力は凄まじく、門の上部、壁の一部を容易く砕いた。

「く・・・これでは時間を稼ぐ事すら出来ないな・・・」

「バルガ・・・私達生き残れるかな・・・」

エルフィーレが不安な声をかけてくる。

俺も不安なんだよ・・・。

「・・・・・全てはドレイク達に掛かっている・・・」

そう言うのが精一杯だった。

――同時刻、西大陸から南の海――

バルガに頼まれて俺達は南の海を飛んでいる。

幸運中の幸運じゃないと見つからないようなものを探しているのだ。

『ドラン、見えぬか?』

「・・・・こんなに広い海だ、三十人では困難だぞ・・・」

『しかしやらねばならん、我らの仲間を助けるために』

「解ってる、急ごう!」

クレイス、皆、くれぐれも無茶はするんじゃないぞ!!

――イーストマルス要塞内部――

既に門の8割が崩れ去っていた。

「門はもう持たないな・・・槍兵構え!!」

一列に並べた四百の槍兵に号令をする。

その号令とともに四百の兵が槍をまっすぐに構えた。

門が破られれば突撃してくるのは騎士達。

「エルフィーレ!」

「うん! 弓兵構え!!」

エルフィーレの号令で弓兵二百も弓を構える。

槍兵に到達する前に少しでも減らすためだ。

「ロシオ、クレイス、戦闘準備だ・・」

「おうよ!!」

「ああ!」

斧、槍を構える。

俺も刀を抜き、残り四百の兵士達も剣を抜いた。

一つの岩が完全に門を破壊した。

「来るぞ!!!」

大量の砂埃で門の先が良く見えない。

すると、馬のひずめの音が聞こえてきた。

息を呑む兵士達。

「・・・・・エルフィーレ!」

「解ってる!! 全員放て!!」

だが、弓兵達が矢を放つ寸分早く、砂埃の中から無数の矢が飛んできた。

「な・・・・なんだと!!!」

矢は最前列にいた槍兵達に留まらず、弓兵達にも被害を与えた。

「バルガ! 何が起きている!!」

「俺にもわからん・・・」

クレイスにも何がおきたのかわかっていないようだ。

その答えはその一瞬後に出た。

砂埃の中からかなりの数の「弓騎兵」が突撃してきた。

「しまった! 弓騎兵だ!!!」

俺の予想は裏切られた。

門で敵軍を見た時には弓を持っている騎兵はいなかったが・・・まさか隠していたのか?

「ど、どうするの?!」

慌てているエルフィーレにすぐに指示を出す。

「残った弓兵で応戦しろ!!」

「うん! 放て!!」

二百の内三分の一はやられていたが、まだ矢を放てる。

弓騎兵達に矢は突き刺さるが、その後ろには・・・。

「・・・・グレイ・スティンガー・・・・」

倒れた弓騎兵を飛び越え現れたのはグレイを先頭に、騎士達が突撃してきた。

「ククク! バルガよ! 貴様の知能などこの程度だ!!!」

「ぐ・・・突撃ーーーー!!!」

俺は突撃の令を下だした。

だが・・・・結果は明らかだった・・・。

「うおおおおおおぉぉぉぉ!!!」

両軍の兵が叫び、開戦した。

――同時刻、西大陸より南の海――

『・・・・まだ見えぬか・・・』

ドレイクの声にも苛立ちが含まれつつあった。

当然だ・・・結構な時間を飛んでいるにもかかわらず未だに陰すら・・・あれは?

「・・・・いたぞ! あれだ!!!」

『やっと見つけたか・・・』

俺が向かったその先には三隻の船。

『まだ間に合うか?』

「解らない・・・だがとにかく全力を尽くすのみだ!!」

――イーストマルス要塞内部――

俺は必死で敵を倒した。

ドレイクとドランの帰りを待ち続けた。

だが周りの兵士達は次々と倒れていく。

「くそ・・・・これまでか・・・・」

完全に負けた、そう確信していた。

元々勝利などありえない戦いだったが・・・。

「・・・・クレイス! 東海岸まで退却する!!!」

「・・・承知した!!」

クレイスも現状を把握していたのだろう。

すぐに手近な兵士から声をかけて撤退を開始する。

「ロシオ! エルフィーレ!! なんとかして俺達で時間を稼ぐんだ!!」

「おう!!!」

「うん!」

次々と突撃してくる騎士達。

馬を切り倒しても、起き上がり剣で戦う騎士達。

彼らは二度チャンスがある。

しかし、俺達のチャンスは一度きりだ。

油断をすれば、死ぬ。

クレイスが兵士達に命令し、東門を抜け始める。

俺達三人は東門の前に立ちはだかり、時間を稼いだ。

その時、俺が一番嫌いな男が俺達の前に降り立った。

「・・・グレイ・スティンガー」

「ククク、そう睨んでくれるな、負けると解っていて立ちはだかった貴様に私を睨む権利などないのだよ」

グレイの高い嘲笑が嫌に俺をいらだたせた。

俺はこの男が世界で一番嫌いだ!

「貴様・・・国王を暗殺したな!」

「何の話だ? 私はただ先代国王にこれからの私の計画を話したら勇敢にも立ち向かってきたのだ、正当防衛と言って欲しいものだ・・・クックック」

「貴様ーーーーーーー!!!」

グレイに向かい、突進した。

俺は、怒りで我を忘れていた。

「クックック、貴様のような半端な剣術で私を倒せると思っているのか・・・」

「おおおおおおおおぉぉぉぉぁぁぁァァァ!!!」

――同時刻、西大陸より南の海――

「な、なんだいあんた達!」

「無理を承知で願い出ている! すぐに東海岸に舵を取ってくれ!!」

俺は船に降り立ってすぐ船長に頼んだ。

だが相手は突然の出来事に困惑している。

「こ、この野郎!!」

海賊達が剣を抜き、切りかかろうとしてきた。

「止めな! まだ話も聞いてないんだよ?!」

バンダナを巻いている女性の言葉で全員剣を収めた。

さすがは船長というところが・・・だが感心している場合ではない!

「一体何が起きてるんだい・・・突然船に降りてきて東海岸に舵を取れだって? ちゃんと説明してくれるかい?」

「説明している暇などないのだ!! 頼む!!」

『ドランよ、お主も落ち着きのない男だ、我から説明しよう、海賊の長よ』

――イーストマルス要塞東門前――

力が入らない。

目の前がかすむ。

膝に地面の感触を覚えた。

俺の刀は、手の中にも、地面にもない。

宙を舞っている。

体から赤い液体が流れてくる。

・・・・・・

「ふ、私に立ち向かう愚かさを知れ」

目の前には2本の足、俺が最も嫌いな男の足。

俺は・・・負けたのか。

・・・・立て・・・・・まだ・・・・だ・・・・。

バルガの体が地面に倒れたのと一緒にバルガの刀も地面に刺さった・・。

私は・・・・信じられなかったよ・・・。

あのバルガが・・・・何も出来ないなんて・・・・。

「あ・・・ああ・・・・」

バルガの体から地面を伝って血が広がっていく。

「う、うあああああぁぁぁぁ!!」

矢を放った。

バルガを斬った・・・あの男の人に!

「ふ、エルフか」

その人は刀で矢を弾いた。

「私に矢など通じないのだよ、世間知らずなエルフよ」

「てめぇ!!」

ロシオさんが斧を投げた。

するとその斧を右手で受け止め、近くにあった兵士の死体に投げつけた。

「斧も効かんのだよ、小さきドワーフよ」

私達じゃ・・・何も出来ないの・・・。

その時、私の上を何かが通った。

「はあああぁぁぁぁ!!!」

すごい声と一緒にものすごい音がした。

その音の正体は、クレイスさんの槍とあの人の刀がぶつかった音だった。

「グレイ・スティンガーだな!!」

「・・・いかにも」

弾かれたクレイスさんは少し距離を置いて着地した。

「・・・・なかなか良い筋をしている、そこに寝ている男よりは役に立つな」

指を刺しているのは・・・バルガの体だった。

「・・・貴様・・・バルガを侮辱するのか・・・」

「当然であろう? 怒りに我を忘れ、ただ猪が如く突進してきたような馬鹿な男だ、     怒りに身を委ねれば死を早める、お前のようなどんなときでも冷静な部下が私には必要なのだ、どうだ? 私と共に来ないか?」

「・・・・ふざけるなーーーーー!!」

地を蹴り、もう一度あの人に突撃していった。

何度目かの打ち合いでクレイスさんの兜が砕かれた。

「・・・ほう、女か、望みとあれば我が妻として迎えてやっても良いぞ?」

「寝言は寝てから言う物だ!」

でも今のはぎりぎりだった。

ちょっとでも避けるタイミングが遅かったら首を切られてたかも・・・。

でも今は・・・。

「クレイスさん待って! 早く手当てしないとバルガが!!」

バルガの体からは夥しい量の血が流れている。

このままじゃ死んじゃうよ・・・。

「・・・・ロシオ! バルガを担ぎエルフィーレと共に東海岸へ行け!!」

「お、お前はどうすんだよ?!」

「私もすぐ後を追う! どの道足止めが必要だろう?」

「・・・解った!!」

ロシオさんがバルガを担いで、私はバルガの刀を抱えて走り出した。

「・・・・バルガ・・・死なないで・・・」

「ほう、お前だけ残るとは・・・私の元に来る決心でもついたかな?」

「・・・・・・・・」

この男の声、どこかバルガに似ている。

それがやけに気に入らなかった。

私は槍を地面に刺し鎧を外し始めた。

篭手、胸当ての順で外し、動きやすい恰好になる。

「・・・何のつもりだ?」

首をコキコキと鳴らし、槍を抜いて準備完了。

「本気でやらせてもらおうか」

「・・・・ふ、今までは手を抜いていたとでも言いたいのか?」

あくまでも余裕があるように振舞うグレイ。

正直、頭に血が上っているのを必死にこらえていた。

「その通りだ・・・・殺す」

軽く跳躍し、一気に距離を詰める。

「先ほどから同じ戦術だな、もう飽きた、死ね」

横に振られた刀を再び跳躍し、かわす。

今度の跳躍はさっきの距離を詰めるための物ではなく、高く飛び上がった。

「ほぉ・・・かなり高くまで飛ぶものだな」

グレイが見上げている、あくまでも人を見下した表情で。

その顔・・・潰す。

「・・・・死ぬのは貴様だ!!!」

全体重を槍に預け、一気に降下していく。

「・・・・・・結局は同じか、馬鹿の一つ覚えか」

奴は少し後ろに下がり、刀を下段に構えた。

このまま落ちれば奴に掠りもせずに地面に槍を突き立て、その瞬間に斬り殺される。

だがこれこそ私の狙いだった。

私は空中で槍を奴に向けて投げつけた。

「な!」

突然の私の行動に驚き刀で弾いたが態勢を崩した。

その隙に着地し、奴の腹部に正拳を繰り出した。

「ごふっ!」

奴の体は吹き飛び近くの瓦礫に突っ込んだ。

「私を甘く見るな!」

瓦礫から出てくる様子は無いが、死んだわけではないな。

「国王! 貴様!!」

私とグレイの戦いを見ていた周りの騎士達が集まってきた。

もはや私以外に残っている者はいないようだな。

槍を拾い、東海岸に向けて走り出す。

「な、お、追え! 追えーー!!」

騎士達が追ってきたが、振り返り槍を大振りする。

最前列にいたいくつかの馬を殴りつけ、転倒させる。

それに足を引っ掛けたり何なりして後続の騎士達の馬も転倒させ、足止めに成功した。

「ふ、馬鹿な兵達だな」

私はそのまま東海岸に向けて走っていった。

「く! 奴を追え! 追って殺せ!!」

「・・・追わんで良い」

「あ! 国王様、ご無事で?!」

「ふん、何の問題も無い」

服についた埃を払い落とす。

「し、しかし何故追わないのですか?」

「奴らは海を渡る事は出来ない、船が無いのだからな・・・クックック」

・・・あの女、殺すには惜しいな。

 


――第三章 完―ー


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