ある日ある王国が滅ぼされた。
ある男は首が斬りおろされたのに、たっぷり三秒気付かなかった。
首が回転しておちた男の目は、己の首から吹き上がる鮮血を見た。そこで自分が死んでいる事に気がついた。
男は、自分の間抜けさに苦笑した。
そして思った。
自分を殺した男は、剣の魔神であるに違いないと。
ーーーーそして男の意識は途絶えた。
孤の剣。 赤の幻影。
紅
紅
紅
焔が、眼下を包んでいる。
焔は刻々と勢いをまし、石造りのその建物を飲み込んでいく。
石は燃えないが、漆喰が溶け、やわくなった建物は崩れ落ちていく。
ごうごう。 ごうごう。
焔は静まる気配がない。建物を餌にして、より強く燃え上がる。
高く、高く手を伸ばしては、崩れ落ちる。
今、私の視界の中の世界は赤く染まっている。
赤い色には、魔性が宿るという。
ならば、今の私は焔に照らされて、悪鬼の様に見えているのだろう。
「… おの… れ…!」
周囲を見渡した。そこには赤く体を染めた騎士が倒れている。
背後に立ち上る、恨みの風。
… 男の怨嗟の声に、振り返る。
そこには、騎士の誇りたる剣を杖にした男がいた。
頬に残る傷。その傷には、見覚えがある。
今、此処で燃えている建物の主… 昨日まで国王と呼ばれていた人間だ。
「… 悪鬼め。剣の悪鬼め… よくも、よくも… 」
ぎろり。
血走ったその目。鬼気迫るとは、この事だろう。
鈍い私の感情にも、分かる。
もしも、怨嗟で人が殺せる人間があるとするならば、それはこの男の事だろう。
「…もはや、我が城は失われた。我が民も、我が臣下も死に果てた…ッ」
ぐらり。
風に吹かれた布の様に、実体をもたない幻影の様に、揺れながら男の体が持ち上がる。
見れば、その体は、自身から吹き出たもので赤く赤く染まっている。
「…もう、これ以上の闘いに挑む意味がない事は分かる…
だが、臣下が命を賭して助けたこの命、もはや助かる身でなくとも、このままでは終われぬ… !」
一陣の風が吹く。焔が、風に晒されて、歪む。
否。それは、男からの圧力。全てを失った男の、虚無の瞋恚の焔。全てを喪失した抜け殻の残滓の焔。
今、男は赤く、赤い。自身の焔に照らされて、自身から溢れた命に染められて。
「… ゆくぞ、剣の悪鬼… 我が意地を、最後の力をとくとみよ!」
力を込め、振り上げられた剣が、烈風を生み出す。
その焔に彩られた鋼が、私を赤く染め上げようと、振り下ろされる。
見開かれた男の目。極限まで見開かれ、私を写したその赤い瞳。
ーーきっと、その時男は。
がきんっ。
ーーーこの私と同じ位、赤かったのだろう。
ずぶり。
私が振り上げた、蒼い刀身の剣が男の鋼を振り払う。
男が、赤いからだをよろめかせ、たたらを踏む。
その無防備な赤い胴へと、紅い刀身を振り下ろした。
「… ッ!」
紅い刀身が、赤い男の胴を切り払う。
そこから吹き出す赤。嘘の様に醜い腸がだらしなく垂れ下がる。
何故こうも人の中身は醜いのか。
何故人はその身に合うものを、内面に抱えてはいないのか。
「…くっ… 」
全ては決した。
もはや男は赤くなく、ただただ赤さがこぼれ往く。
左手の剣を返す。男の目は、口から赤を吐き出しながもら私を捉えて離さない。
その瞳からすら赤が失われていく男が、口を開く
赤がさらにこぼれゆく。
どくどくと。 どくどくと。
私はすり減った感情でそれを見ると、左手を振り上げた。
「… っのれ … 」
そして私は
「… 悪鬼め… 剣の悪鬼め… 」
左手の剣を、
「呪われよ、悪鬼… 」
男の首に
サブナク
「… 剣の魔神めっ… 」
フリオロシタ。
ーーそして何の奇跡も起こらず、男の首が落ちた。
紅
紅
紅
焔が、眼下を包んでいる。
焔は刻々と勢いをまし、石造りのその建物を飲み込んでいく。
石は燃えないが、漆喰が溶け、やわくなった建物は崩れ落ちていく。
ごうごう。 ごうごう。
焔は静まる気配がない。建物を餌にして、より強く燃え上がる。
高く、高く手を伸ばしては、崩れ落ちる。
今、私の視界の中の世界は赤く染まっている。
赤い色には、魔性が宿るという。
ならば、今の私は焔に照らされて、悪鬼の様に見えているのだろう。
私は周囲を見渡した。足下には栄えあるリュンク国の王、グリンデル=スワルト=リュンク7世の一部が転がっている。
もはや、この国に動くものはいない。
かつての栄光は失われ、そして取り戻される事はない。
私はその事に少しばかりの安堵を覚えた。
さしあたっての全てが終わった。
きっといつか私が死に、地獄に堕ちた時、私が地獄の王の前で裁かれる日に、私に殺された大勢の民衆が集まって私に生前の憎悪を浴びせるだろう。
その時、私は自身が孤独でなかった事をしるだろう。
さしあたりこの場で考えられる私の望みはそれだけだった。
だが、まだ私は死なないようだ。
そこで私は最後に燃え上がるこの地に一瞥をくれて、赤い世界に背を向けた。
背後から、死者が焔を借りて私を追っているのが分かる。
赤い世界は、私にその世界の一部になる事を求めている。
そこで私は「さようなら。」と言って、立ち去った。
私が立ち去った時、焔はまだ燃えていた。
その焔は直にふる雨によって消え去る事になる。
だが、その最後の一瞬まで、焔はその手を空へと向けていた。
ストレイシープ
ーーーあたかも、神に救いを求める迷える子羊の様に。
その時、私はまだあの方との邂逅を果たしていなかった。
あの時、私はただ、修羅の道を歩んでいたーーー
"Lonly Sword. Wondering alone"
END
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